2017年4月17日月曜日

HIC VS ハイブ 不当利得返還請求事件(上告審)上告受理申立の理由書(2017.4.14)

【事案】原告(HIC)はダーツマシンを代理店に提供している会社。被告(ハイブ)は原告の代理店で、原告とダーツマシン賃貸借契約を締結し、提供を受けたダーツマシンを店舗に賃貸し、店舗から賃料を取得していた。
ところが、被告が原告の競合会社と共謀し、取引先の店舗のみならず、他の代理店に対しても、ダーツマシンを原告から競合会社に乗り換えることを勧めたので、原告は被告の背信行為を理由に賃貸借契約を解除し、賃貸中のダーツマシンの返還を要求した。しかし、被告はこの解除を争い、ダーツマシンの返還に応ぜず、引き続き店舗に賃貸し、賃料を取得していた。
そこで、原告は被告に対し、契約解除後に被告が店舗より取得した賃料を不当利得として返還請求を求めて提訴したのが本件訴訟である。
一審は、本件は不当利得の「損失」の要件に当たらないとして原告敗訴の判決(→一審判決)。
二審も、控訴理由書(→PDF)に対して、一審判決を支持する判決(二審判決)を言い渡した。

この判断が法律解釈として誤っていることを証明して、判決の破棄を求めたのが最高裁に提出した上告受理申立の理由書(PD)である。

          ***************

平成29年(ネ受)第123号
申立人 株式会社エイチ・アイ・シー
相手方 株式会社ハイブクリエーション

上告受理申立て理由書

2017年 4月14日

最高裁判所 御中

申立人代理弁護士     柳 原 敏 夫

頭書事件の上告受理申立の理由は以下の通りである。
なお、表記について、本書面では便宜上、申立人を原告、相手方を被告とした。
目 次

1、本件の事案

 本件の事案は、次頁に図示した通り、原被告間の原告所有のダーツマシン(以下、本件マシンという)の賃貸借に関する基本契約及び個別契約(総称して、以下、本件賃貸借契約という)が《被告には契約当事者間の信頼関係を破壊するに至る程度の背信行為があったとして本件解約の効力が(を)認め》(一審判決5頁下から2行目以下)られ、本件賃貸借契約が終了した後に、被告は権限がないにもかかわらず本件マシンを第三者に賃貸させて賃料(一審判決及び原判決の「転貸料」のことであるが、ここでは本件賃料という)を取得したので、本件賃料を不当利得として返還を求めたものである。
      



 本件の不当利得の特徴は、第1に、返還の対象が本件賃貸借契約により給付した本体部分ではなく、本体部分を第三者に使用させて得られた付随的部分(賃料という法定果実)であること、第2に、返還の対象となる果実とは、本件賃貸借契約解約までの間に生じた果実ではなく、本件賃貸借契約解約後に生じた果実であることである。

2、問題の所在:本訴の目的(なぜ原告は本訴を提訴したか)

原告が本訴を提起した理由は、他人の権利を侵害して利得を得た被告の本件賃料取得行為は《利得者をして利得を終局的を保有させることが損失者に対する相対的関係においても是認される》(我妻栄「債権各論下巻Ⅰ(民法講義Ⅴ4)」941頁5~6行目。以下、本書を我妻と略称)場合に該当せず、法律上の原因を欠くとして不当利得が成立するのではないかを問うためであって、原告に発生した損害の填補を求めたものではない。にもかかわらず原判決(一審判決も同様)は、原告はすでに、被告との間でかつて締結した本件マシンの本件賃貸借契約の賃料相当分の金員を被告から受領しているのだから原告に損害は発生していないことを実質上の最大の根拠にして、原告の訴えを斥けた。しかし、上述の通り、本訴は他人の権利を侵害して利得を得た利得者に利得を終局的を保有させてよいのかという素朴な疑問から、「利得の公平な調整」を図る不当利得の救済を求めているのであって、原告に発生した損害の填補(これは不法行為の救済である)を求めたものではない。改めて、本訴の目的である「利得の公平な調整」を図る不当利得による正しい救済を求めるものである。
 そこでまず、原告が正しいと信じる法律解釈に基づき本件事案に適用する内容を示した上で、次に原判決の誤りを指摘する。

3、不当利得の成立要件(その1):類型論の検討

(1)、不当利得の成立要件をめぐる第1の問題
不当利得の成立要件を検討するにあたって、第1の問題は何か。それは不当利得の二大類型である給付利得と侵害利得のどちらを本件事案に適用するかである。言うまでもなく、給付利得と侵害利得の《2つを異なる類型として区別する理由は、解釈論を導く判断基準が、両者で異なるから》(内田貴「民法Ⅱ 第3版 債権各論」566頁。以下、本書を内田と略称)、すなわちどちらの類型を適用するかによって不当利得の要件及び効果が大きく異なってくるからであり、この意味で類型論は不当利得の要件論及び効果論を検討する際の指導原理である。
 この点について、本件事案は「背信行為により信頼関係を破壊したとして賃貸借契約を解約された被告が、解約後に権限なく原告所有のマシンを第三者に賃貸させて賃料を取得した」事案である。従って、素直に考えれば、本件事案が侵害利得の分類の1つ[1]「他人の物を権限なくして第三者に使用せしめた場合」(以下、第三者使用型侵害利得という)に該当するとして不当利得の要件及び効果を考えるのは当然である。
 尤も、時間的要素に注目したとき、本件事案は「原告との本件賃貸借契約が解約の効力が発生した平成23年11月22日の経過より」権限のない被告が原告所有のマシンを第三者に賃貸させて賃料を取得したと主張する事案であり、それ以前の時期は被告は本件賃貸借契約により権限に基づいて原告所有のマシンを第三者に賃貸させていたものである。そして、本件解約による本件マシンの返却は給付利得の典型例ということができるから、そこで、契約終了後という事情に着目して、本件事案も給付の本体的部分(原告所有のマシン)に付随する部分として給付利得の一環と考えて、その要件及び効果を考えるべきではないかという解釈も不可能ではない。一審判決も本件を《いわゆる給付利得と呼ばれる類型に近いという見方もできるのであって、必ずしも、いわゆる侵害利得の類型の不当利得であると一義的に断定できるものではないと考えられる》(14~15頁)と判示して、実際上は侵害利得を否定し、給付利得的な立場から要件を検討したのである。
 そこで、本件において不当利得の成立要件を検討するにあたっては、まず、本件事案は侵害利得と給付利得のどちらの類型に該当するかを判断する必要がある。
(2)、結論
 結論として、本件事案を給付利得に該当すると解することには無理があり、侵害利得に該当すると解すべきである。その理由は以下の通りである。
(3)、理由
ア、第1に、給付利得とは契約その他の法律上の根拠に基づいて財産的利益を移動したが、当該契約等が無効・取消し・解除により効力を失った結果、当該財産的利益を取り戻す類型のことである。しかし、本件事案で返還の対象となる財産的利益は被告が第三者から賃料として取得した利益であって、本件賃貸借契約に基づいて原告から被告に移動した財産的利益(たとえば本件マシン)ではない。
イ、第2に、給付利得において移動した財産的利益の返還の対象として、給付された本体だけでなく、本体から生じた付随的利益(果実や使用利益)も含まれると解されるが、しかし、ここにいう付随的事項とは解除や取消しまでの間に発生した付随的利益であって[2]、解除や取消し後に発生したものではない。ところで、本件事案で返還の対象となる財産的利益は本件解約後に発生したものである。従って、本件事案で返還の対象となる財産的利益は給付利得における返還の対象には含まれない。
ウ、第3に、にもかかわらず、内田603頁〔ⅩⅥ19〕(別紙1)・四宮132頁()(a)()②(別紙2)によると、給付利得における返還の対象として、解除や取消しまでのみならず解除や取消し後に発生した果実も含めて、民法575条1項の類推適用により代金の返還を受けるまでは果実を返還する必要がないと主張している。仮にこの主張が妥当だとしても、この主張が認められるためには契約の清算過程において目的物と反対給付(代金等)が対価関係に立っていることが大前提となっている。しかし、本件賃貸借契約の清算過程においては目的物(本件マシン)と対価関係に立つ反対給付は存在しない。従って、この前提を欠く本件賃貸借契約の清算過程において、上記主張は適用の余地はない。従って、本件事案で返還の対象となる財産的利益は上記主張で示された給付利得における返還の対象には含まれない。
エ、第4に、侵害利得の「他人の物を権限なくして使用して利得を得た場合」の「権限がない」か否かを判断する時点とは言うまでもなく他人の物を使用した時点であって、その時点で権限がなければ足り、その以前に権限があったかどうかは問わない[3]。本件事案は、たとえ本件解約の効力発生以前に被告に本件マシンの使用権限があったとしても、本件の不当利得が問われる本件解約の効力発生後においては、被告に本件マシンの使用権限がないことは明らかである。従って、本件事案が侵害利得に該当すると解することに何の支障もない。
のみならず、本件は前述の通り、《被告には契約当事者間の信頼関係を破壊するに至る程度の背信行為があったとして本件解約の効力が認め》(一審判決5~6頁)られた事案であり、かかる背信行為にもかかわらず被告は全面的に開き直り、本件マシンの返却を拒み、使用権限喪失後も無権限で本件マシンを第三者に賃貸し利得をあげたものであって、このような盗人猛々しい本件事案にはまさに侵害利得を適用するのが最も適切な典型事例にほかならない。

4、不当利得の成立要件(その2):個別の要件の検討

(1)、類型論に基づく考察
(1)で前述した通り、類型論は不当利得の要件論及び効果論を検討する際の指導原理であり、給付利得と侵害利得のどちらの類型を適用するかによって不当利得の要件及び効果が異なってくる。
そこで、3(2)以下で前述した通り、本件事案に最適な類型論を吟味した結果、侵害利得が該当することが明らかとなった。
以下、侵害利得を前提にして、本件の不当利得の個別の成立要件を検討する。
(2)、成立要件の判断時期
 いうまでもなく、不当利得の成立要件は不当利得が成立する時点を基準にして判断する。本件は目的物の継続的な使用が問題となっており、正確には、被告が第三者から本件賃料を受領した都度、その時点で不当利得が成立する。従って、本件における不当利得の成立要件の判断時期は被告が第三者から本件賃料を受領した都度の当該時点である。従って、「受益」の有無もまたこの不当利得成立の時点で判断すべきであり、その後、経費の支出等により「受益の減少・消滅」があったとしても(効果論で返還すべき範囲として争点になることはあっても)成立要件の判断には影響はない。
 以上の類型論と要件の判断時期を念頭において、以下、個別の要件を検討する。
(3)、受益
 侵害利得における「受益」とは、他人の権利を侵害し、自らが侵害をすることにより他人の目的物や権利を使用・消費・処分することそれ自体をいう[4]
 これによれば、本件で無権限となった被告が本件目的物を第三者に使用させたこと自体が「受益」に該当する。
 念のため、伝統的見解(我妻説)によっても、「受益」とは一定の事実が生じたことによって財産の総額が増加することをいう[5](我妻〔1418〕)。これによっても、本件の不当利得の成立時点である被告が第三者から本件賃料を受領した時点において、被告の財産の総額が増加したことは明らかであるから、「受益」が認められる。
(4)、損失
 侵害利得における「損失」とは、権利者に帰属すべき使用、収益、処分等の権利が事実上相手方によって行使されていることそれ自体をいう[6]
 これによれば、本件は契約解約により、所有者である原告に帰属すべき目的物の使用収益の権利が目的物の返還を拒絶した被告によって行使されていること自体が「損失」に該当する。
 或いは、内田によれば、《このような場合(注:Aが勝手にBに土地を使われたケース)は、「損失」の要件が擬制されるが、むしろ多くの場合、「損失」要件は厳密には不要というべきであろう(「通常の使用料相当額」を返還させるとしても、それはそれだけの「損失」が発生したからではない)。このように、侵害利得においても受益と損失の要件はあえて分離する必要が乏しく、場合によっては損失は不要である。》(甲22内田民法Ⅱ527頁8~13行目)
 念のため、伝統的見解(我妻説)によっても、「損失」とは「受益」のあたかも反対の概念であり(我妻〔1449〕)、《わが民法の解釈としては、原則として、乙(注:損失者)も甲(注:受益者)の取得した利益と同一の利益をえたもの、いいかえれば、甲の取得した利益が原則として乙の被った損失になると解し、》(甲24我妻968頁【1457】)。これによっても、本件の不当利得の成立時点である被告が第三者から本件賃料を受領した時点において、原告の財産の総額が減少したこと自体は明らかであるから、「損失」が認められる。これに対し、被告が第三者から本件賃料を受領した後に、被告が本件賃貸借契約の賃料相当分を原告に振り込んだ事実が認められるが、しかし、この事実は本件不当利得の成立時点以後の事情にすぎず、4(2)で前述した通り、不当利得の成立時点以後の事情は効果論で返還すべき範囲として論ずることはあっても、本件の不当利得の成立を左右すものではない。
 また、判例は、目的物の使用収益に関する侵害利得の事例において、「損失」とは目的物の使用収益を喪失したことである。そして、ここでいう「喪失」とは、現実の利用を喪失した場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むとされる。
はみ出し自動販売機住民訴訟の東京地判平成7年7月26日(判例時報1540号13頁。甲46。その判旨は13頁2行目以下で後述する)
 なぜ上記判例が、侵害利得の事例における目的物の使用収益の「喪失」を、現実の利用を喪失した場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むという立場を採るのか。それは、侵害利得における中心的な課題は、他人の権利を侵害し、権限なく得た「利得」を受益者の元にそのまま保持させてよいか否かにあり、内田が上述した通り、これに比べれば損失者の被った「損失」は二義的な意義しか持たないからである。
(5)、因果関係 
 原告準備書面()第1、1、(4)5頁で述べた通りである。
(6)、法律上の原因がないこと
 原告準備書面()第1、1、(5)5~6頁で述べた通りである。
(7)、小括
 以上の検討から、本件事案では被告が第三者から取得した本件賃料について不当利得の要件を満たすことが明らかである。
そして、この結論は「他人の物を権限なしに第三者に使用させて利益を取得する事案」に不当利得を認める以下の判例・通説の立場と一致するものである。判例は、小作料について大審院大正15年3月3日判決。これを解説した甲33土田哲也「不当利得の判例総合解説」107~108頁。賃料について甲26「不当利得法の実務」218~221頁。学説は、甲24の4我妻栄「債権各論下巻一(民法講義Ⅴ4)〔1515〕。甲23我妻栄「新版コンメンタール民法Ⅳ 事務管理・不当利得・不法行為」65頁12行目。甲25四宮和夫「現代法律学全集10『事務管理・不当利得・不法行為』」193~194頁。甲22の1・同22の3内田實「民法Ⅱ債権各論」531頁。同550頁。甲34篠塚昭次ら編「新・判例コンメンタール民法8」266頁()。甲35の2田山輝明「事務管理・不当利得」(民法講義案Ⅵ)41頁」。

5、不当利得の効果論


 以上の要件論の検討により被告が第三者から取得した本件賃料について不当利得の成立が認められるので、次に、本件不当利得についていかなる範囲の返還義務を負うかについて検討する。
(1)、返還義務の範囲(その1):「本件賃料」の意義
ア、問題の所在
ここでの論点は、「侵害利得」の不当利得として被告が返還すべき範囲とは被告が現実に第三者(店舗)に賃貸した賃料の額か、それとも客観的利用価値すなわち適正な賃料相当額かである。
イ、検討
控訴理由書3頁第2、1で詳述した通り、「本件賃料」とは客観的利用価値すなわち適正な賃料相当額である。
(2)、返還義務の範囲(その2):利得を得るための経費控除の可否
ア、問題の所在
ここでの論点は、「侵害利得」の利得の返還にあたって、被告は「第三者に支払った対価」や「利得者自身が負担した費用」など「利得の取得にあたって要した経費(費用)」を控除できるか否かである。
イ、検討
控訴理由書19頁5で詳述した通り、被告は不当利得の返還にあたって、利得を得るための経費を控除できない。
さらに、今回、控訴理由書10頁の脚注で述べた内容をここに追加する。すなわち、被告と第三者間のダーツマシン賃貸借契約第2条及び3条(乙4添付資料3)によれば、第2条2項で定める本件賃料とは別に、3条でメンテナンス費用が発生し、「原則甲(原告代理人注:店舗)の負担する」と定めてある。これによれば被告は第三者(店舗)に対し、本件賃料とは別にメンテナンス費用の料金を請求していると解される。従って、このメンテナンス料金は本件賃料(転貸料)と同様、無権限でダーツマシンを使用して得た「受益」として不当利得が成立し、原告は被告にその返還を請求できるものである。そうだとすれば、メンテナンス費用を控除すべきか否かという論点は、不当利得が成立するメンテナンス料金についてその返還の範囲の中で論じるべき問題であって、本件賃料についてその返還の範囲の中で論じるべき問題ではない。この意味においても、被告は本件賃料の返還にあたって、メンテナンス料金を控除できない。
 ただし、この点について、原告は仮にこの主張が認められない場合に備えて予備的主張として、ここで控除の対象となる「経費」とは「通常の経費相当額」の意味であると主張する。その詳細は
控訴理由書23頁(4)で詳述した通りである。
(3)、小括
 以上の検討から、本件事案では、不当利得の成立により、平成26年(ワ)第9845号事件の訴状第6(19~21頁)及び平成27年(ワ)第33110号事件の訴状第6(5~8頁)で主張した不当利得の返還が認められる。

6、原判決の誤り


 しかし、以上の要件論及び効果論の検討に対し、原判決は次の誤りをおかした。
①.                         要件論の検討と効果論の検討の取りちがえ
原判決の初歩的な誤りの第1は、本来なら効果論の中で検討すべき論点を要件論の検討の中に持ち込んで不当利得が成立するか否かとして論じたことである。
 すなわち、前記2から5の検討から明らかになったことは、、第1に要件論の検討の結果、無権限者になった被告が賃借物を第三者に転貸して得た転貸料(本件賃料)全部について不当利得が成立すること、第2に効果論の中で、原告に返還する範囲をめぐって、ⓐ「本件賃料」の意義は何か、ⓑ「利得の取得にあたって要した経費(費用)」を控除できるか[7]、ⓒ本件不当利得成立後に、被告が原告に振込んだ本件賃貸借契約の賃料相当分の金員は本件不当利得の返還の一部として認められるか、が検討された。
 ところが、原判決は、効果論の及びの議論を要件論の「損失」の検討の中に持ち込み、そこから「損失」は認められず不当利得は成立しないという結論を引き出した[8]。これが誤りであることは論を待たない。
②.「損失」等の意義不明のまま要件を検討
 原判決の初歩的な誤りの第2は、本来なら「損失」など不当利得の個別の要件の意義を明らかにした上で、本件事案がその要件を満たすかどうかを検討するところ、原判決は「損失」の意義を明らかにしないまま、漫然と、原告は被告から本件賃貸借契約の賃料相当分の金員を受領していることを理由にして本件事案に「損失」は認められないという結論を導いたことである。本来、「損失」など不当利得の個別の要件の意義を明らかにするためには事案がどの類型に該当するのかという類型論の検討が不可欠であるが、原判決は類型論の検討を一切しないどころか、一審判決が類型論の検討をしかかったくだり[9]を削除してしまったほどである(5頁(3))。これは、原判決が不当利得の個別の要件の意義を積極的に明らかにする意思がないことを雄弁に物語るものある。
 その結果、4(4)で前述した通り、侵害利得に該当する本件事案において「損失」が認められるにもかかわらず、原判決はこの要件の判断の仕方を間違え、その結果、「損失」を否定してしまった。
③.「損失」の意義についての暗黙の前提
原判決は、以下の通り、根拠を明らかにしないまま、暗黙のうちに「損失」であるためには現実の損失が必要で、損失の可能性では足りないという前提に立ち、その前提のもとに本件事案では「損失」は認められないと判断した。しかし、この判断の前提が間違っている。
《証拠上、原告が個別契約における転貸人の地位を承継したことが認められるのは平成26年4月頃の1件(株式会社Bulls Starの事例)にとどまる上、原告(控訴人)は、株式会社Bulls Starの代理店の地位を承継したために(甲10、32、38)、わざわざ大阪市内に営業所を設置したことが認められる(乙4、弁論の全趣旨)。しかも、証拠(甲15、28、乙4、12)及び弁論の全趣旨によれば、本件事業に関し被告との契約関係を解消した転貸先店舗は、すべて原告の他の代理店と契約を締結したことが認められる。そうすると、個別契約が終了した場合に原告が転貸人の地位を承継することが通常であったとはいえず、・・・原告(控訴人)が転貸料と賃料との差額について損失を被ったということはできない。》(5頁(5)~6頁(8))
イ、なぜなら、前記4(4)で述べた通り、類型論に立つ見解は言うに及ばず、判例においても、侵害利得の事案における「損失」とは目的物の使用収益を喪失したことである。そして、ここでいう「喪失」とは、現実の利用を喪失した場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むとされる。そして、「その利用可能性」とは、侵害利得の事案に関する以下の判決が示す通り、具体的な実現可能性を問わず、一般的、抽象的な可能性で足りることが明らかだからである。
《2 東京都の損失について
前記認定のとおり、右自動販売機が設置された都道敷について東京都が有している使用借権は、使用目的が道路敷という公共目的に制限され、使用収益を目的とした権利ではないことから、このような道路敷が不法占拠されたとしても、道路管理上の支障が生じることはともかく、東京都に財産的な損失は生じないのではないかとの疑問もないではないが、しかし、道路敷であっても、東京都は、道路占用許可によって適法な占有権原を設定しその対価として占用料を徴収することができることとされているのであるから、その限りでは、そのような道路敷も利用可能性のある土地というべきであって、これが不法占拠されれば、東京都としては、その占拠部分について右の利用可能性を失うという損失を受けることになるといわなければならない。
 したがって、東京都に損失は生じない旨の被告日本たばこ及び被告サントリーフーズの主張は、採用することができない。》はみ出し自動販売機住民訴訟東京地判平成7年7月26日〔甲46〕。下線は原告代理人)

 以上から、侵害利得の事案における「損失」の意義について、「一般的、抽象的な利用可能性で足りる」ことを否定した原判決が失当であることは明らかである。
ウ、なお、原判決は最判昭和38年12月24日(民集第17121720頁。甲45)を示し、この判決を理由に、「損失」の意義について「一般的、抽象的な利用可能性で足りる」とする原告主張は採用できないとした(4頁(1))。
 しかし、上記最高裁判決は侵害利得の事案ではなく、給付利得の事案である(別紙3内田606~607頁「債務の弁済として金銭の支払がされたが、債務が存在しなかったわけあるから、給付利得の一種である。」別紙4四宮131頁(一)参照)。従って、これを侵害利得の本件事案に適用することは類型的な差異を無視するもので、失当である。
 また、いま仮に類型論を脇に置いても、上記最高裁判決は「受益者の行為の介入によって得られた収益の返還範囲の問題に関して、損失者の逸失利益という「損失」を擬制する方法をとるものである」(別紙4四宮131頁末行。アンダーラインは原告代理人)。つまり「擬制」を認める限りで、上記最高裁判決は、給付利益における「損失」とは
現実の損失=利用喪失の場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むことを肯定しており(尤も、「その利用可能性の程度」についてはさらに論争になるだろうが)、以上の意味において、侵害利得の本件事案の「損失」の意義を考える上で参考になる。
④.事実認定の重大な誤りに基づいた要件論の検討
 原判決は、本件賃料(転貸料)に関連して発生したメンテナンス費用について、次の事実認定を行い、この認定に基づき「損失」の有無を判断したが、そもそもこの事実認定が誤っている。
本件事業は、原告が被告に本件ダーツマシンを賃貸し、被告がこれにメンテナンス・サービスという付加価値を付してエンド・ユーザーである転貸先店舗に提保することを内容とする事業であって、原告が被告から受領していた賃料はダーツマシンそのものの使用の対価であると考えられるのに対し被告が転貸元店舗から受領していた転質料は、これに上記付加価値であるメンテナンス・サービスに対する対価を付加したものであったと解するのが相当である。したがって、被告(被控訴人)が受領した転賃料は、代理人としてのメンテナンス・サービスの提供という被告(被控訴人)の行為の介入によって生み出されたものであり》(4頁(2).一審判決13頁(3)ア)。
なぜなら、5(2)でも前述した通り、被告と第三者間のダーツマシン賃貸借契約第2条及び3条(乙4添付資料3)によれば、第2条2項で定める本件賃料(転貸料)とは別に、3条でメンテナンス費用が発生し、「原則甲(原告代理人注:店舗)の負担する」と定めてある。これによれば被告は第三者(店舗)に対し、本件賃料(転貸料)とは別にメンテナンス費用の料金を請求していると解されるからである。従って、原判決の《被告が転貸元店舗から受領していた転質料は、これに上記付加価値であるメンテナンス・サービスに対する対価を付加したものであったと解するのが相当である。》は事実認定として誤っている。それゆえ、この誤った事実認定に基づいて「損失」の有無を判断した原判決も誤りというほかないし、さらには5(2)でも前述した通り、メンテナンス費用を控除すべきか否かの問題は不当利得が成立する本件賃料についてその返還の範囲の問題ではなく、不当利得が成立するメンテナンス料金についてその返還の範囲の問題である。この意味においても、原判決は誤っている。
⑤.原判決で追加された事実認定の意義について
 原判決5頁(4)から(8)において、「原告(控訴人)が本件解約後に、本件賃料(転貸料)と同額の賃料を取得できたと認めることはできない」ことを裏付ける事実を丹念に事実認定している。しかし、前記③に述べた通り、原判決は「損失」であるためには抽象的な損失では足りず、具体的な損失まで必要であるという誤った前提に立ち、ここでも本件事案で具体的な損失までなかったことを裏付ける事実を丹念に拾い出したものであり、無意味な事実認定というほかない。
⑥.原判決で引用された最高裁判決について
 原判決は「損失」の意義に関する原告主張を退けるために最判昭和38年12月24日(民集第17121720頁)を新たに判示したが、これが失当であることは前記③ウで明らかにした通りである。

7、結語


以上から明らか通り、原判決は、不当利得の要件及び効果の解釈を誤り、また事実認定において経験則に著しく違背し、そのため、不当利得の解釈を誤った。それらの結果、判決に影響を及ぼす重大な違反を招来したもので、その破棄は免れない。
以 上




[1] 四宮和夫「現代法律学全集10『事務管理・不当利得・不法行為』」は、侵害行為類型を、受益者の行為の態様で、(a)事実上の行為の場合と(b)法律行為の場合に分類し、さらに後者を()他人の権利の無権限処分がなされた場合と()他人の物を権限なくして第三者に使用せしめた場合と()民事執行行為の場合に分類する(192~197頁。以下、本書を四宮と略称)。
[2]四宮132~133頁(別紙2)
[3] これを明言するのが内田である。《以前に賃貸借契約があったとはいえ、それが終了してしまえばもはやA(注:賃借人)には何らの占有権限もない。したがって、侵害利得の事案となり、Aは占有継続による利得を返還しなければならない》(甲22内田「民法Ⅱ債権各論」531頁下から10~8行目)
[4] 好美清光「不当利得法の新しい動向について()」24頁(判例タイムズ387号)参照。
[5] この定義自体は総体差額説の立場のように見えるが、しかし我妻は各論で、量的な差額として表せない占有の取得や登記についても「受益」を認める(〔1421〕〔1425〕)。
[6] 好美清光・同論文24頁参照。
[7] 経費(費用)とは具体的には、被告主張を判示した《実際には、ダーツマシンの維持、保守及び修理等に要する費用(以下「メンテナンス費用」という)は、本件ダーツマシンの転貸料から賃料を控除した金額を大幅に上回っており》(一審判決9頁6行目以下)のメンテナンス費用のことである。
[8] この誤りを端的に物語るのが一審判決が不当利得の成立要件を検討する中で《本件ダーツマシンの転貸料と賃料との差額が被告の不当利得になるという原告の主張は採用することができない》(14頁7~9行目)と述べたくだりである。
[9] 《本件は、権原に基づいて他人の物を使用収益したところ、事後的に当該権原の発生板拠たる契約が無効であることが判明した場合(いわゆる給付利得と呼ばれる類型)に近いという見方もできるのであって、必ずしも、いわゆる侵害利得の類型の不当利得であると一義的に断定できるものではないと考えられる。》(14頁イ)