2021年8月23日月曜日

311から十年、新米法律家のスタート(2021.8.22)

                   「民法の神様」とうたわれた民法学者我妻栄

                 法解釈の方法論を探求した我妻栄29の論文

 昨年(2020年)3月25日、福島県が自主避難者に、彼らの避難先である国家公務員宿舎から出て行けという訴えを福島地裁に起し、その第1回目の裁判が今年(2021年)5月にありました。縁あって、私も、この裁判に弁護団の1人として参加することになり、その準備の過程で、
福島県の追出しには理由がないこと、むしろ国際人権法に照らした時、それは避難者の居住権の侵害であること
を正面から主張する書面を7月8日に作成、提出しました(その報告は->こちら)。


私はもともと「法律の極意はコモンセンスにある、条文なんて要らない確信する、徹底してアナーキーな人間です。しかし、今回、このスタンスを自ら封印し、それとは正反対の道、徹底して保守本流の法律家たちがやる条文の解釈技術にこだわり、これを具体化、血肉化する作業に専念し、
この書面を完成したとき、初めて自分が法律家になった理由が分かったような気がしました。

私はもともと文学志望で、その自信が持てないという理由で、デモシカで法学部を選んだようないい加減極まりない人間です。司法試験の勉強をしたのも、たまたま一緒にいた仲間がこぞって司法試験を受けるというので、ただ、彼らとつき合いを続けたい一念で、ずるずると受験生の仲間入りをした人間です。
そのため、司法試験の長いトンネルを抜けて、合格した時、このあと、自分は何をしたらよいか、さっぱり分からず、思案に暮れました。以来ずっと、自分が法律家になってしまった意味が分からず、水面下で自問自答する日々でした。
それが40年後にようやく、お前は、この書面を書くために法律家になったんだ、と避難者追出し訴訟の主張書面を書きながら、そう実感しました。

311以後、司法の世界もまた、日本の政治社会と同様、「国破れて山河あり」の惨憺たる状態が続きましたが、この暴走を食い止めるためには、その方法として
新しい酒(福島原発事故)は新しい革袋に盛る
これをやるしかないことは分かっていたものの、いざ、現実の「避難者追出し」裁判に参加した時、どうやってこの未曾有の新しい酒を新しい革袋に盛ったらいいのか、その具体的な方法が分からず、暗中模索の日々でした。
その暗闇の中で、国際人権法という世界を知った時、その新しさに衝撃を受けたと当時に、にもかかわらず、このままでは、単なる国際政治、国際外交、国際市民運動のレベルにとどまり、司法の世界に正面玄関から堂々と登場するのはそう容易なことではないと思い知らされました。
そこで、再び暗中模索の中で、米沢が生んだ日本最高の法学者の1人我妻栄ら保守本流の法律家が唱える法律解釈論()と国際人権法をリンクさせることを思いつき、このリンクによって、国際人権法が国内の司法の世界に正面玄関から堂々と登場できるのではないかと、気がつきました。このとき、私は自分が正真正銘の法律家の仕事をしているのではないかという実感に襲われました。こんな実感は生まれて初めての経験です。

人生の折り返し点の50歳のとき、ジェミリー・リフキンの「バイテクセンチュリー」を読み、 自分の後半生のライフワークが
バイオテクノロジーの世界にあることを発見しました(その当時のコメントは->こちら)。というのは、バイオテクノロジーは、それまでの人類の科学技術のすべてを集大成をしたものであり、このバイオテクノロジーを学ぶことによって、現代の科学技術が私たちにもたらす巨大な光(便益)と影(惨禍)の問題に立ち向うことができると思ったからです(しかし、この計画は311で挫折しました[その顛末については->こちら])。

それから20年後の今年、福島原発事故と国際人権法がリンクした時、自分が法律家になった理由が初めて分かった気がして、それまでチンケな条文の解釈技術としてバカにしていた法律解釈というものが、その原点に立ち返って探求することにより、実は「深い愛」に裏付けられた偉大な取り組みであることを発見しました。

そして、この主張書面を完成したとき、私にとって、これは法律家として未成年からなんとか成年になった成人式の瞬間でした。

以上、新米法律家誕生の挨拶でした。

追伸
以下は、新米法律家として、311後の法体系の法解釈のあり方について、最初にまとまった形で述べた報告です。
市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会の第4回総会の第2部「1年を振り返って『311から10年経過した今なぜ、チェルノブイリ法日本版なのか? →311後の真空地帯と理不尽が続く限り、抵抗権の行使としてのチェルノブイリ法日本版は存在することをやめない』」(2021.7.24)

29歳の若き我妻栄は、解釈の方法論を論じた論文「私法の方法論に関する一考察」の最後で、カントの「純粋理性批判」中の有名な言葉をもじって次のように締めくくった。
 法律学は、
「実現すべき理想の攻究」を伴わざる限り盲目であり、
「法律中心の実有的攻究」を伴わざる限り空虚であり、
「法律的構成」を伴わざる限り無力である。

20年前、リスク評価の新米学生として遺伝子組み換えイネの問題に挑戦しましたが、今度は、法解釈の新米法律家として、法解釈というレールに乗せて国際人権法による国内法(それは実体法にとどまらず、民事訴訟法、行政裁量などすべての領域に及ぶ)の再発見に挑戦したいと思います。

2017年4月17日月曜日

HIC VS ハイブ 不当利得返還請求事件(上告審)上告受理申立の理由書(2017.4.14)

【事案】原告(HIC)はダーツマシンを代理店に提供している会社。被告(ハイブ)は原告の代理店で、原告とダーツマシン賃貸借契約を締結し、提供を受けたダーツマシンを店舗に賃貸し、店舗から賃料を取得していた。
ところが、被告が原告の競合会社と共謀し、取引先の店舗のみならず、他の代理店に対しても、ダーツマシンを原告から競合会社に乗り換えることを勧めたので、原告は被告の背信行為を理由に賃貸借契約を解除し、賃貸中のダーツマシンの返還を要求した。しかし、被告はこの解除を争い、ダーツマシンの返還に応ぜず、引き続き店舗に賃貸し、賃料を取得していた。
そこで、原告は被告に対し、契約解除後に被告が店舗より取得した賃料を不当利得として返還請求を求めて提訴したのが本件訴訟である。
一審は、本件は不当利得の「損失」の要件に当たらないとして原告敗訴の判決(→一審判決)。
二審も、控訴理由書(→PDF)に対して、一審判決を支持する判決(二審判決)を言い渡した。

この判断が法律解釈として誤っていることを証明して、判決の破棄を求めたのが最高裁に提出した上告受理申立の理由書(PD)である。

          ***************

平成29年(ネ受)第123号
申立人 株式会社エイチ・アイ・シー
相手方 株式会社ハイブクリエーション

上告受理申立て理由書

2017年 4月14日

最高裁判所 御中

申立人代理弁護士     柳 原 敏 夫

頭書事件の上告受理申立の理由は以下の通りである。
なお、表記について、本書面では便宜上、申立人を原告、相手方を被告とした。
目 次

1、本件の事案

 本件の事案は、次頁に図示した通り、原被告間の原告所有のダーツマシン(以下、本件マシンという)の賃貸借に関する基本契約及び個別契約(総称して、以下、本件賃貸借契約という)が《被告には契約当事者間の信頼関係を破壊するに至る程度の背信行為があったとして本件解約の効力が(を)認め》(一審判決5頁下から2行目以下)られ、本件賃貸借契約が終了した後に、被告は権限がないにもかかわらず本件マシンを第三者に賃貸させて賃料(一審判決及び原判決の「転貸料」のことであるが、ここでは本件賃料という)を取得したので、本件賃料を不当利得として返還を求めたものである。
      



 本件の不当利得の特徴は、第1に、返還の対象が本件賃貸借契約により給付した本体部分ではなく、本体部分を第三者に使用させて得られた付随的部分(賃料という法定果実)であること、第2に、返還の対象となる果実とは、本件賃貸借契約解約までの間に生じた果実ではなく、本件賃貸借契約解約後に生じた果実であることである。

2、問題の所在:本訴の目的(なぜ原告は本訴を提訴したか)

原告が本訴を提起した理由は、他人の権利を侵害して利得を得た被告の本件賃料取得行為は《利得者をして利得を終局的を保有させることが損失者に対する相対的関係においても是認される》(我妻栄「債権各論下巻Ⅰ(民法講義Ⅴ4)」941頁5~6行目。以下、本書を我妻と略称)場合に該当せず、法律上の原因を欠くとして不当利得が成立するのではないかを問うためであって、原告に発生した損害の填補を求めたものではない。にもかかわらず原判決(一審判決も同様)は、原告はすでに、被告との間でかつて締結した本件マシンの本件賃貸借契約の賃料相当分の金員を被告から受領しているのだから原告に損害は発生していないことを実質上の最大の根拠にして、原告の訴えを斥けた。しかし、上述の通り、本訴は他人の権利を侵害して利得を得た利得者に利得を終局的を保有させてよいのかという素朴な疑問から、「利得の公平な調整」を図る不当利得の救済を求めているのであって、原告に発生した損害の填補(これは不法行為の救済である)を求めたものではない。改めて、本訴の目的である「利得の公平な調整」を図る不当利得による正しい救済を求めるものである。
 そこでまず、原告が正しいと信じる法律解釈に基づき本件事案に適用する内容を示した上で、次に原判決の誤りを指摘する。

3、不当利得の成立要件(その1):類型論の検討

(1)、不当利得の成立要件をめぐる第1の問題
不当利得の成立要件を検討するにあたって、第1の問題は何か。それは不当利得の二大類型である給付利得と侵害利得のどちらを本件事案に適用するかである。言うまでもなく、給付利得と侵害利得の《2つを異なる類型として区別する理由は、解釈論を導く判断基準が、両者で異なるから》(内田貴「民法Ⅱ 第3版 債権各論」566頁。以下、本書を内田と略称)、すなわちどちらの類型を適用するかによって不当利得の要件及び効果が大きく異なってくるからであり、この意味で類型論は不当利得の要件論及び効果論を検討する際の指導原理である。
 この点について、本件事案は「背信行為により信頼関係を破壊したとして賃貸借契約を解約された被告が、解約後に権限なく原告所有のマシンを第三者に賃貸させて賃料を取得した」事案である。従って、素直に考えれば、本件事案が侵害利得の分類の1つ[1]「他人の物を権限なくして第三者に使用せしめた場合」(以下、第三者使用型侵害利得という)に該当するとして不当利得の要件及び効果を考えるのは当然である。
 尤も、時間的要素に注目したとき、本件事案は「原告との本件賃貸借契約が解約の効力が発生した平成23年11月22日の経過より」権限のない被告が原告所有のマシンを第三者に賃貸させて賃料を取得したと主張する事案であり、それ以前の時期は被告は本件賃貸借契約により権限に基づいて原告所有のマシンを第三者に賃貸させていたものである。そして、本件解約による本件マシンの返却は給付利得の典型例ということができるから、そこで、契約終了後という事情に着目して、本件事案も給付の本体的部分(原告所有のマシン)に付随する部分として給付利得の一環と考えて、その要件及び効果を考えるべきではないかという解釈も不可能ではない。一審判決も本件を《いわゆる給付利得と呼ばれる類型に近いという見方もできるのであって、必ずしも、いわゆる侵害利得の類型の不当利得であると一義的に断定できるものではないと考えられる》(14~15頁)と判示して、実際上は侵害利得を否定し、給付利得的な立場から要件を検討したのである。
 そこで、本件において不当利得の成立要件を検討するにあたっては、まず、本件事案は侵害利得と給付利得のどちらの類型に該当するかを判断する必要がある。
(2)、結論
 結論として、本件事案を給付利得に該当すると解することには無理があり、侵害利得に該当すると解すべきである。その理由は以下の通りである。
(3)、理由
ア、第1に、給付利得とは契約その他の法律上の根拠に基づいて財産的利益を移動したが、当該契約等が無効・取消し・解除により効力を失った結果、当該財産的利益を取り戻す類型のことである。しかし、本件事案で返還の対象となる財産的利益は被告が第三者から賃料として取得した利益であって、本件賃貸借契約に基づいて原告から被告に移動した財産的利益(たとえば本件マシン)ではない。
イ、第2に、給付利得において移動した財産的利益の返還の対象として、給付された本体だけでなく、本体から生じた付随的利益(果実や使用利益)も含まれると解されるが、しかし、ここにいう付随的事項とは解除や取消しまでの間に発生した付随的利益であって[2]、解除や取消し後に発生したものではない。ところで、本件事案で返還の対象となる財産的利益は本件解約後に発生したものである。従って、本件事案で返還の対象となる財産的利益は給付利得における返還の対象には含まれない。
ウ、第3に、にもかかわらず、内田603頁〔ⅩⅥ19〕(別紙1)・四宮132頁()(a)()②(別紙2)によると、給付利得における返還の対象として、解除や取消しまでのみならず解除や取消し後に発生した果実も含めて、民法575条1項の類推適用により代金の返還を受けるまでは果実を返還する必要がないと主張している。仮にこの主張が妥当だとしても、この主張が認められるためには契約の清算過程において目的物と反対給付(代金等)が対価関係に立っていることが大前提となっている。しかし、本件賃貸借契約の清算過程においては目的物(本件マシン)と対価関係に立つ反対給付は存在しない。従って、この前提を欠く本件賃貸借契約の清算過程において、上記主張は適用の余地はない。従って、本件事案で返還の対象となる財産的利益は上記主張で示された給付利得における返還の対象には含まれない。
エ、第4に、侵害利得の「他人の物を権限なくして使用して利得を得た場合」の「権限がない」か否かを判断する時点とは言うまでもなく他人の物を使用した時点であって、その時点で権限がなければ足り、その以前に権限があったかどうかは問わない[3]。本件事案は、たとえ本件解約の効力発生以前に被告に本件マシンの使用権限があったとしても、本件の不当利得が問われる本件解約の効力発生後においては、被告に本件マシンの使用権限がないことは明らかである。従って、本件事案が侵害利得に該当すると解することに何の支障もない。
のみならず、本件は前述の通り、《被告には契約当事者間の信頼関係を破壊するに至る程度の背信行為があったとして本件解約の効力が認め》(一審判決5~6頁)られた事案であり、かかる背信行為にもかかわらず被告は全面的に開き直り、本件マシンの返却を拒み、使用権限喪失後も無権限で本件マシンを第三者に賃貸し利得をあげたものであって、このような盗人猛々しい本件事案にはまさに侵害利得を適用するのが最も適切な典型事例にほかならない。

4、不当利得の成立要件(その2):個別の要件の検討

(1)、類型論に基づく考察
(1)で前述した通り、類型論は不当利得の要件論及び効果論を検討する際の指導原理であり、給付利得と侵害利得のどちらの類型を適用するかによって不当利得の要件及び効果が異なってくる。
そこで、3(2)以下で前述した通り、本件事案に最適な類型論を吟味した結果、侵害利得が該当することが明らかとなった。
以下、侵害利得を前提にして、本件の不当利得の個別の成立要件を検討する。
(2)、成立要件の判断時期
 いうまでもなく、不当利得の成立要件は不当利得が成立する時点を基準にして判断する。本件は目的物の継続的な使用が問題となっており、正確には、被告が第三者から本件賃料を受領した都度、その時点で不当利得が成立する。従って、本件における不当利得の成立要件の判断時期は被告が第三者から本件賃料を受領した都度の当該時点である。従って、「受益」の有無もまたこの不当利得成立の時点で判断すべきであり、その後、経費の支出等により「受益の減少・消滅」があったとしても(効果論で返還すべき範囲として争点になることはあっても)成立要件の判断には影響はない。
 以上の類型論と要件の判断時期を念頭において、以下、個別の要件を検討する。
(3)、受益
 侵害利得における「受益」とは、他人の権利を侵害し、自らが侵害をすることにより他人の目的物や権利を使用・消費・処分することそれ自体をいう[4]
 これによれば、本件で無権限となった被告が本件目的物を第三者に使用させたこと自体が「受益」に該当する。
 念のため、伝統的見解(我妻説)によっても、「受益」とは一定の事実が生じたことによって財産の総額が増加することをいう[5](我妻〔1418〕)。これによっても、本件の不当利得の成立時点である被告が第三者から本件賃料を受領した時点において、被告の財産の総額が増加したことは明らかであるから、「受益」が認められる。
(4)、損失
 侵害利得における「損失」とは、権利者に帰属すべき使用、収益、処分等の権利が事実上相手方によって行使されていることそれ自体をいう[6]
 これによれば、本件は契約解約により、所有者である原告に帰属すべき目的物の使用収益の権利が目的物の返還を拒絶した被告によって行使されていること自体が「損失」に該当する。
 或いは、内田によれば、《このような場合(注:Aが勝手にBに土地を使われたケース)は、「損失」の要件が擬制されるが、むしろ多くの場合、「損失」要件は厳密には不要というべきであろう(「通常の使用料相当額」を返還させるとしても、それはそれだけの「損失」が発生したからではない)。このように、侵害利得においても受益と損失の要件はあえて分離する必要が乏しく、場合によっては損失は不要である。》(甲22内田民法Ⅱ527頁8~13行目)
 念のため、伝統的見解(我妻説)によっても、「損失」とは「受益」のあたかも反対の概念であり(我妻〔1449〕)、《わが民法の解釈としては、原則として、乙(注:損失者)も甲(注:受益者)の取得した利益と同一の利益をえたもの、いいかえれば、甲の取得した利益が原則として乙の被った損失になると解し、》(甲24我妻968頁【1457】)。これによっても、本件の不当利得の成立時点である被告が第三者から本件賃料を受領した時点において、原告の財産の総額が減少したこと自体は明らかであるから、「損失」が認められる。これに対し、被告が第三者から本件賃料を受領した後に、被告が本件賃貸借契約の賃料相当分を原告に振り込んだ事実が認められるが、しかし、この事実は本件不当利得の成立時点以後の事情にすぎず、4(2)で前述した通り、不当利得の成立時点以後の事情は効果論で返還すべき範囲として論ずることはあっても、本件の不当利得の成立を左右すものではない。
 また、判例は、目的物の使用収益に関する侵害利得の事例において、「損失」とは目的物の使用収益を喪失したことである。そして、ここでいう「喪失」とは、現実の利用を喪失した場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むとされる。
はみ出し自動販売機住民訴訟の東京地判平成7年7月26日(判例時報1540号13頁。甲46。その判旨は13頁2行目以下で後述する)
 なぜ上記判例が、侵害利得の事例における目的物の使用収益の「喪失」を、現実の利用を喪失した場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むという立場を採るのか。それは、侵害利得における中心的な課題は、他人の権利を侵害し、権限なく得た「利得」を受益者の元にそのまま保持させてよいか否かにあり、内田が上述した通り、これに比べれば損失者の被った「損失」は二義的な意義しか持たないからである。
(5)、因果関係 
 原告準備書面()第1、1、(4)5頁で述べた通りである。
(6)、法律上の原因がないこと
 原告準備書面()第1、1、(5)5~6頁で述べた通りである。
(7)、小括
 以上の検討から、本件事案では被告が第三者から取得した本件賃料について不当利得の要件を満たすことが明らかである。
そして、この結論は「他人の物を権限なしに第三者に使用させて利益を取得する事案」に不当利得を認める以下の判例・通説の立場と一致するものである。判例は、小作料について大審院大正15年3月3日判決。これを解説した甲33土田哲也「不当利得の判例総合解説」107~108頁。賃料について甲26「不当利得法の実務」218~221頁。学説は、甲24の4我妻栄「債権各論下巻一(民法講義Ⅴ4)〔1515〕。甲23我妻栄「新版コンメンタール民法Ⅳ 事務管理・不当利得・不法行為」65頁12行目。甲25四宮和夫「現代法律学全集10『事務管理・不当利得・不法行為』」193~194頁。甲22の1・同22の3内田實「民法Ⅱ債権各論」531頁。同550頁。甲34篠塚昭次ら編「新・判例コンメンタール民法8」266頁()。甲35の2田山輝明「事務管理・不当利得」(民法講義案Ⅵ)41頁」。

5、不当利得の効果論


 以上の要件論の検討により被告が第三者から取得した本件賃料について不当利得の成立が認められるので、次に、本件不当利得についていかなる範囲の返還義務を負うかについて検討する。
(1)、返還義務の範囲(その1):「本件賃料」の意義
ア、問題の所在
ここでの論点は、「侵害利得」の不当利得として被告が返還すべき範囲とは被告が現実に第三者(店舗)に賃貸した賃料の額か、それとも客観的利用価値すなわち適正な賃料相当額かである。
イ、検討
控訴理由書3頁第2、1で詳述した通り、「本件賃料」とは客観的利用価値すなわち適正な賃料相当額である。
(2)、返還義務の範囲(その2):利得を得るための経費控除の可否
ア、問題の所在
ここでの論点は、「侵害利得」の利得の返還にあたって、被告は「第三者に支払った対価」や「利得者自身が負担した費用」など「利得の取得にあたって要した経費(費用)」を控除できるか否かである。
イ、検討
控訴理由書19頁5で詳述した通り、被告は不当利得の返還にあたって、利得を得るための経費を控除できない。
さらに、今回、控訴理由書10頁の脚注で述べた内容をここに追加する。すなわち、被告と第三者間のダーツマシン賃貸借契約第2条及び3条(乙4添付資料3)によれば、第2条2項で定める本件賃料とは別に、3条でメンテナンス費用が発生し、「原則甲(原告代理人注:店舗)の負担する」と定めてある。これによれば被告は第三者(店舗)に対し、本件賃料とは別にメンテナンス費用の料金を請求していると解される。従って、このメンテナンス料金は本件賃料(転貸料)と同様、無権限でダーツマシンを使用して得た「受益」として不当利得が成立し、原告は被告にその返還を請求できるものである。そうだとすれば、メンテナンス費用を控除すべきか否かという論点は、不当利得が成立するメンテナンス料金についてその返還の範囲の中で論じるべき問題であって、本件賃料についてその返還の範囲の中で論じるべき問題ではない。この意味においても、被告は本件賃料の返還にあたって、メンテナンス料金を控除できない。
 ただし、この点について、原告は仮にこの主張が認められない場合に備えて予備的主張として、ここで控除の対象となる「経費」とは「通常の経費相当額」の意味であると主張する。その詳細は
控訴理由書23頁(4)で詳述した通りである。
(3)、小括
 以上の検討から、本件事案では、不当利得の成立により、平成26年(ワ)第9845号事件の訴状第6(19~21頁)及び平成27年(ワ)第33110号事件の訴状第6(5~8頁)で主張した不当利得の返還が認められる。

6、原判決の誤り


 しかし、以上の要件論及び効果論の検討に対し、原判決は次の誤りをおかした。
①.                         要件論の検討と効果論の検討の取りちがえ
原判決の初歩的な誤りの第1は、本来なら効果論の中で検討すべき論点を要件論の検討の中に持ち込んで不当利得が成立するか否かとして論じたことである。
 すなわち、前記2から5の検討から明らかになったことは、、第1に要件論の検討の結果、無権限者になった被告が賃借物を第三者に転貸して得た転貸料(本件賃料)全部について不当利得が成立すること、第2に効果論の中で、原告に返還する範囲をめぐって、ⓐ「本件賃料」の意義は何か、ⓑ「利得の取得にあたって要した経費(費用)」を控除できるか[7]、ⓒ本件不当利得成立後に、被告が原告に振込んだ本件賃貸借契約の賃料相当分の金員は本件不当利得の返還の一部として認められるか、が検討された。
 ところが、原判決は、効果論の及びの議論を要件論の「損失」の検討の中に持ち込み、そこから「損失」は認められず不当利得は成立しないという結論を引き出した[8]。これが誤りであることは論を待たない。
②.「損失」等の意義不明のまま要件を検討
 原判決の初歩的な誤りの第2は、本来なら「損失」など不当利得の個別の要件の意義を明らかにした上で、本件事案がその要件を満たすかどうかを検討するところ、原判決は「損失」の意義を明らかにしないまま、漫然と、原告は被告から本件賃貸借契約の賃料相当分の金員を受領していることを理由にして本件事案に「損失」は認められないという結論を導いたことである。本来、「損失」など不当利得の個別の要件の意義を明らかにするためには事案がどの類型に該当するのかという類型論の検討が不可欠であるが、原判決は類型論の検討を一切しないどころか、一審判決が類型論の検討をしかかったくだり[9]を削除してしまったほどである(5頁(3))。これは、原判決が不当利得の個別の要件の意義を積極的に明らかにする意思がないことを雄弁に物語るものある。
 その結果、4(4)で前述した通り、侵害利得に該当する本件事案において「損失」が認められるにもかかわらず、原判決はこの要件の判断の仕方を間違え、その結果、「損失」を否定してしまった。
③.「損失」の意義についての暗黙の前提
原判決は、以下の通り、根拠を明らかにしないまま、暗黙のうちに「損失」であるためには現実の損失が必要で、損失の可能性では足りないという前提に立ち、その前提のもとに本件事案では「損失」は認められないと判断した。しかし、この判断の前提が間違っている。
《証拠上、原告が個別契約における転貸人の地位を承継したことが認められるのは平成26年4月頃の1件(株式会社Bulls Starの事例)にとどまる上、原告(控訴人)は、株式会社Bulls Starの代理店の地位を承継したために(甲10、32、38)、わざわざ大阪市内に営業所を設置したことが認められる(乙4、弁論の全趣旨)。しかも、証拠(甲15、28、乙4、12)及び弁論の全趣旨によれば、本件事業に関し被告との契約関係を解消した転貸先店舗は、すべて原告の他の代理店と契約を締結したことが認められる。そうすると、個別契約が終了した場合に原告が転貸人の地位を承継することが通常であったとはいえず、・・・原告(控訴人)が転貸料と賃料との差額について損失を被ったということはできない。》(5頁(5)~6頁(8))
イ、なぜなら、前記4(4)で述べた通り、類型論に立つ見解は言うに及ばず、判例においても、侵害利得の事案における「損失」とは目的物の使用収益を喪失したことである。そして、ここでいう「喪失」とは、現実の利用を喪失した場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むとされる。そして、「その利用可能性」とは、侵害利得の事案に関する以下の判決が示す通り、具体的な実現可能性を問わず、一般的、抽象的な可能性で足りることが明らかだからである。
《2 東京都の損失について
前記認定のとおり、右自動販売機が設置された都道敷について東京都が有している使用借権は、使用目的が道路敷という公共目的に制限され、使用収益を目的とした権利ではないことから、このような道路敷が不法占拠されたとしても、道路管理上の支障が生じることはともかく、東京都に財産的な損失は生じないのではないかとの疑問もないではないが、しかし、道路敷であっても、東京都は、道路占用許可によって適法な占有権原を設定しその対価として占用料を徴収することができることとされているのであるから、その限りでは、そのような道路敷も利用可能性のある土地というべきであって、これが不法占拠されれば、東京都としては、その占拠部分について右の利用可能性を失うという損失を受けることになるといわなければならない。
 したがって、東京都に損失は生じない旨の被告日本たばこ及び被告サントリーフーズの主張は、採用することができない。》はみ出し自動販売機住民訴訟東京地判平成7年7月26日〔甲46〕。下線は原告代理人)

 以上から、侵害利得の事案における「損失」の意義について、「一般的、抽象的な利用可能性で足りる」ことを否定した原判決が失当であることは明らかである。
ウ、なお、原判決は最判昭和38年12月24日(民集第17121720頁。甲45)を示し、この判決を理由に、「損失」の意義について「一般的、抽象的な利用可能性で足りる」とする原告主張は採用できないとした(4頁(1))。
 しかし、上記最高裁判決は侵害利得の事案ではなく、給付利得の事案である(別紙3内田606~607頁「債務の弁済として金銭の支払がされたが、債務が存在しなかったわけあるから、給付利得の一種である。」別紙4四宮131頁(一)参照)。従って、これを侵害利得の本件事案に適用することは類型的な差異を無視するもので、失当である。
 また、いま仮に類型論を脇に置いても、上記最高裁判決は「受益者の行為の介入によって得られた収益の返還範囲の問題に関して、損失者の逸失利益という「損失」を擬制する方法をとるものである」(別紙4四宮131頁末行。アンダーラインは原告代理人)。つまり「擬制」を認める限りで、上記最高裁判決は、給付利益における「損失」とは
現実の損失=利用喪失の場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むことを肯定しており(尤も、「その利用可能性の程度」についてはさらに論争になるだろうが)、以上の意味において、侵害利得の本件事案の「損失」の意義を考える上で参考になる。
④.事実認定の重大な誤りに基づいた要件論の検討
 原判決は、本件賃料(転貸料)に関連して発生したメンテナンス費用について、次の事実認定を行い、この認定に基づき「損失」の有無を判断したが、そもそもこの事実認定が誤っている。
本件事業は、原告が被告に本件ダーツマシンを賃貸し、被告がこれにメンテナンス・サービスという付加価値を付してエンド・ユーザーである転貸先店舗に提保することを内容とする事業であって、原告が被告から受領していた賃料はダーツマシンそのものの使用の対価であると考えられるのに対し被告が転貸元店舗から受領していた転質料は、これに上記付加価値であるメンテナンス・サービスに対する対価を付加したものであったと解するのが相当である。したがって、被告(被控訴人)が受領した転賃料は、代理人としてのメンテナンス・サービスの提供という被告(被控訴人)の行為の介入によって生み出されたものであり》(4頁(2).一審判決13頁(3)ア)。
なぜなら、5(2)でも前述した通り、被告と第三者間のダーツマシン賃貸借契約第2条及び3条(乙4添付資料3)によれば、第2条2項で定める本件賃料(転貸料)とは別に、3条でメンテナンス費用が発生し、「原則甲(原告代理人注:店舗)の負担する」と定めてある。これによれば被告は第三者(店舗)に対し、本件賃料(転貸料)とは別にメンテナンス費用の料金を請求していると解されるからである。従って、原判決の《被告が転貸元店舗から受領していた転質料は、これに上記付加価値であるメンテナンス・サービスに対する対価を付加したものであったと解するのが相当である。》は事実認定として誤っている。それゆえ、この誤った事実認定に基づいて「損失」の有無を判断した原判決も誤りというほかないし、さらには5(2)でも前述した通り、メンテナンス費用を控除すべきか否かの問題は不当利得が成立する本件賃料についてその返還の範囲の問題ではなく、不当利得が成立するメンテナンス料金についてその返還の範囲の問題である。この意味においても、原判決は誤っている。
⑤.原判決で追加された事実認定の意義について
 原判決5頁(4)から(8)において、「原告(控訴人)が本件解約後に、本件賃料(転貸料)と同額の賃料を取得できたと認めることはできない」ことを裏付ける事実を丹念に事実認定している。しかし、前記③に述べた通り、原判決は「損失」であるためには抽象的な損失では足りず、具体的な損失まで必要であるという誤った前提に立ち、ここでも本件事案で具体的な損失までなかったことを裏付ける事実を丹念に拾い出したものであり、無意味な事実認定というほかない。
⑥.原判決で引用された最高裁判決について
 原判決は「損失」の意義に関する原告主張を退けるために最判昭和38年12月24日(民集第17121720頁)を新たに判示したが、これが失当であることは前記③ウで明らかにした通りである。

7、結語


以上から明らか通り、原判決は、不当利得の要件及び効果の解釈を誤り、また事実認定において経験則に著しく違背し、そのため、不当利得の解釈を誤った。それらの結果、判決に影響を及ぼす重大な違反を招来したもので、その破棄は免れない。
以 上




[1] 四宮和夫「現代法律学全集10『事務管理・不当利得・不法行為』」は、侵害行為類型を、受益者の行為の態様で、(a)事実上の行為の場合と(b)法律行為の場合に分類し、さらに後者を()他人の権利の無権限処分がなされた場合と()他人の物を権限なくして第三者に使用せしめた場合と()民事執行行為の場合に分類する(192~197頁。以下、本書を四宮と略称)。
[2]四宮132~133頁(別紙2)
[3] これを明言するのが内田である。《以前に賃貸借契約があったとはいえ、それが終了してしまえばもはやA(注:賃借人)には何らの占有権限もない。したがって、侵害利得の事案となり、Aは占有継続による利得を返還しなければならない》(甲22内田「民法Ⅱ債権各論」531頁下から10~8行目)
[4] 好美清光「不当利得法の新しい動向について()」24頁(判例タイムズ387号)参照。
[5] この定義自体は総体差額説の立場のように見えるが、しかし我妻は各論で、量的な差額として表せない占有の取得や登記についても「受益」を認める(〔1421〕〔1425〕)。
[6] 好美清光・同論文24頁参照。
[7] 経費(費用)とは具体的には、被告主張を判示した《実際には、ダーツマシンの維持、保守及び修理等に要する費用(以下「メンテナンス費用」という)は、本件ダーツマシンの転貸料から賃料を控除した金額を大幅に上回っており》(一審判決9頁6行目以下)のメンテナンス費用のことである。
[8] この誤りを端的に物語るのが一審判決が不当利得の成立要件を検討する中で《本件ダーツマシンの転貸料と賃料との差額が被告の不当利得になるという原告の主張は採用することができない》(14頁7~9行目)と述べたくだりである。
[9] 《本件は、権原に基づいて他人の物を使用収益したところ、事後的に当該権原の発生板拠たる契約が無効であることが判明した場合(いわゆる給付利得と呼ばれる類型)に近いという見方もできるのであって、必ずしも、いわゆる侵害利得の類型の不当利得であると一義的に断定できるものではないと考えられる。》(14頁イ)

2016年11月18日金曜日

HIC VS ハイブ 不当利得返還請求事件(二審)控訴理由書(2016.11.17)


【事案】原告(HIC)はダーツマシンを代理店に提供している会社。被告(ハイブ)は原告の代理店で、原告とダーツマシン賃貸借契約を締結し、提供を受けたダーツマシンを店舗に賃貸し、店舗から賃料を取得していた。
ところが、被告が原告の競合会社と共謀し、取引先の店舗のみならず、他の代理店に対しても、ダーツマシンを原告から競合会社に乗り換えることを勧めたので、原告は被告の背信行為を理由に賃貸借契約を解除し、賃貸中のダーツマシンの返還を要求した。しかし、被告はこの解除を争い、ダーツマシンの返還に応ぜず、引き続き店舗に賃貸し、賃料を取得していた。
そこで、原告は被告に対し、契約解除後に被告が店舗より取得した賃料を不当利得として返還請求を求めて提訴したのが本件訴訟である。
一審は、本件は不当利得の「損失」の要件に当たらないとして原告敗訴の判決(→判決全文
以下は二審の控訴理由書(→PDF)である。

          *************** 

平成28年(ネ)第4754号 不当利得返還等請求控訴事件
控訴人  株式会社エイチ・アイ・シー
被控訴人 株式会社ハイブクリエーション
 
控訴理由書
2011117
東京高等裁判所 第5部民事部  御中

控訴人訴訟代理人弁護士 柳 原  敏 夫  

頭書事件の控訴理由は以下の通りである。
不当利得法は民法最後のフロンティアであり、確信を抱くに足る結論に到達するため、本書面がしばし鳥瞰的な検討に及んだことを容赦頂きたい。
なお、表記について、本書面では便宜上、控訴人を原告、被控訴人を被告とした。

目 次

第1部、不当利得


第1、一審の経過について


1、本件の事案


 本件の事案は、以下に図示した通り、原被告間のダーツマシン(以下、本件目的物という)の賃貸借に関する基本契約及び個別契約(総称して、以下、本件賃貸借契約という)の解除後、原告からの本件目的物返還の請求を拒んだ被告が、権限がないにもかかわらず、本件目的物を第三者(店舗)に賃貸して賃料(一審判決の「転貸料」のことであるが、ここでは本件賃料という)を取得したので、本件賃料を不当利得としてその返還を求めたものである。
 本件の不当利得の特徴は、第1に、返還の対象が目的物自体ではなく、目的物の使用により得られた利益(賃料という法定果実)であること、第2に、返還の対象となる果実とは、契約解除までの間に生じた果実ではなく、契約解除後に生じた果実であることである。

2、原告主張

 本件事案に対する原告主張は次の通りである。
①.不当利得の要件論:本件賃料は無権限で本件目的物を使用して得た利益であるから不当利得が成立する(ただし、本件は目的物の継続的な使用が問題となっており、その結果、厳密には、被告が第三者から本件賃料を受領した都度、不当利得が成立する。この点は、のちに2、(2)アで、不当利得の要件の判断時期を検討する上で留意しておく必要がある)。
②.不当利得の効果論:本件賃料からこれを取得するのに要した経費を控除すべきではなく、その結果、本件賃料のうち被告が原告に振り込んだ金額を控除した残り全額を不当利得として返還すべきである。

3、一審の審理


一審では、要件論をクリアし、2015年6月の弁論準備手続から本年3月まで効果論について検討を継続してきたが(原告準備書面(5)~(12)参照)、一審判決の直前に裁判長が交替した。

4、一審判決


 本件事案は不当利得の要件を満たさないとして、不当利得の成立自体を否定した。

第2、一審判決の最大の問題点――要件論と効果論の取りちがえ――

 権限がないにもかかわらず、目的物を第三者に賃貸して賃料を取得した場合、当該賃料について不当利得が成立すること自体は判例・通説で異論がない[1]。本件事案はまさにこの類型に該当し、不当利得が成立する。本裁判の中心論点はその先の効果論にある。すなわち、本件事案で不当利得が成立した時、その返還の範囲はどこまでかであり、具体的には賃料取得に要した費用(必要経費)を控除できるかにある。
 ところが、一審判決は効果論のこの中心論点を不当利得の成立要件のレベルに置き換えてしまい、そもそも不当利得の成立要件を満たさないと判断したものであって、この判断の仕方自体が一審判決の最大の誤りであり、取り消しを免れない。
以下、この点を敷衍して述べる。

第3、本件の不当利得の成立要件について


1、類型論からの考察

 今日の通説である類型論[2]によれば、代表的2類型として給付利得と侵害利得がある。前者は「外形上有効な契約その他の法律上の根拠に基づき財産的利益が移転したが、当該契約が不成立、無効或いは取消等の瑕疵があった場合、財産的利益を取り戻す類型」であるのに対し、後者は「目的物や権利を使用する権限のない者が当該目的物や権利を使用して利益を得た場合に、その利益の返還を求める類型」である。
 では、本件事案はどちらの類型に該当するか。言うまでもなく侵害利得である。なぜなら、第1、1で前述した通り、本件不当利得の特徴は、返還の対象としている果実が契約解除までの間に生じた果実ではなく、契約解除後に生じた果実である。遡及効のない本件の契約解除であっても、契約解除後は契約関係は終了しており、解除後は被告には目的物を使用する何らの権限もない。従って、契約解除後に生じた果実の返還を求める本件は権限のない者が目的物を使用して利益を得た侵害利得に該当するのは当然だからである(これを明言する内田貴「民法Ⅱ債権各論」531頁〔ⅩⅥ-4〕の事例解説〔甲22の1〕。以下、本書引用は内田と略称)。
 そして、この侵害利得の場合に不当利得が原則として成立することは明らかである(上記内田。四宮和夫「現代法律学全集10『事務管理・不当利得・不法行為』」も「他人の物を権限なくして第三者に使用せしめた者の返還義務について」、侵害利益の類型の中で不当利得の成立を論じている〔甲25。194頁()〕。以下、本書引用は四宮と略称)。

2、個別の要件の検討

まず、不当利得の成立要件の判断時期を明らかにした上で、本件の不当利得の成立要件を検討すると、以下の通りである。
(1)、成立要件の判断時期
 いうまでもなく、不当利得の成立要件は、不当利得が成立する時点を基準にして判断する。従って、「受益」の有無もまた、不当利得成立の時点で判断すべきであり、「利益の消滅」が問題とされるその後の時点ではない(このことを「当初取得したもの」という言葉で説明するのが四宮60頁注())。第1、2で前述した通り、本件は目的物の継続的な使用が問題となっており、厳密には、被告が第三者から本件賃料を受領した都度、不当利得が成立する。よって、本件における不当利得成立の時点とは被告が第三者から本件賃料を受領した各時点である。
(2)、受益  
ア、通説(類型論)
 本件は侵害利得に該当するので侵害利得における「受益」を検討する。通説(類型論)によれば、侵害利得における「受益」とは、他人の権利を侵害し、自らが侵害をすることにより他人の目的物や権利を使用・消費・処分することそれ自体をいう[3]
 これによれば、本件で無権限となった被告が本件目的物を第三者に使用させたこと自体が「受益」に該当する。
イ、伝統的見解(我妻説)
 伝統的見解によれば、「受益」とは一定の事実が生じたことによって財産の総額が増加することをいう[4](我妻〔1418〕)。これによっても、本件の不当利得の成立時点である被告が第三者から本件賃料を受領した時点において、被告の財産の総額が増加したことは明らかであるから、「受益」が認められる。
(3)、損失
ア、通説(類型論)
 通説(類型論)によれば、侵害利得における「損失」とは、権利者に帰属すべき使用、収益、処分等の権利が事実上相手方によって行使されていることそれ自体をいう[5]
 これによれば、本件は契約解除により、所有者である原告に帰属すべき目的物の使用収益の権利が目的物の返還を拒絶した被告によって行使されていること自体が「損失」に該当する。
イ、判例
 判例は、目的物の使用収益に関する不当利得の事例において、「損失」とは目的物の使用収益を喪失したことである。そして、ここでいう「喪失」とは、現実の利用を喪失した場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むとされる。
①.最判昭和38年12月24日(民集第17121720頁。甲45)は「損失」の意義について、次のように判示した。
《およそ、不当利得された財産について、受益者の行為が加わることによつて得られた収益につき、その返還義務の有無ないしその範囲については争いのあるところであるが、この点については、社会観念上受益者の行為の介入がなくても不当利得された財産から損失者が当然取得したであろうと考えられる範囲においては、損失者の損失があるものと解すべきであり、》(下線は原告代理人)
②.大阪高判昭和49年6月28日(訴月201031頁)は、原告が土地を買い受けた後、所有権移転登記経由する前に、権限なく当該土地上に建物を所有し占有している被告に不当利得の成立を主張した事案で、原告がその登記前であっても、当該土地を使用することができたとして、「損失」を認めた(甲26の3「不当利得法の実務」283頁②)。
③.はみ出し自動販売機住民訴訟の東京地判平成7年7月26日(判例時報1540号13頁。甲46)は、「損失」の意義について、次のように判示した。
《2 東京都の損失について
前記認定のとおり、右自動販売機が設置された都道敷について東京都が有している使用借権は、使用目的が道路敷という公共目的に制限され、使用収益を目的とした権利ではないことから、このような道路敷が不法占拠されたとしても、道路管理上の支障が生じることはともかく、東京都に財産的な損失は生じないのではないかとの疑問もないではないが、しかし、道路敷であっても、東京都は、道路占用許可によって適法な占有権原を設定しその対価として占用料を徴収することができることとされているのであるから、その限りでは、そのような道路敷も利用可能性のある土地というべきであって、これが不法占拠されれば、東京都としては、その占拠部分について右の利用可能性を失うという損失を受けることになるといわなければならない。》

 本件において、被告から目的物の返還を受けていればそれは取引の利用可能性のある目的物であり、本件の不当利得の成立時点である被告が第三者から本件賃料を受領した時点において、原告はその利用可能性を失ったことは明らかである。よって、上記判例によれば、原告がその利用可能性を失ったことは「損失」に該当する。
ウ、伝統的見解(我妻説)
 伝統的見解によれば、「損失」とは「受益」のあたかも反対の概念だから、一定の事実が生じたことによって財産の総額が減少することをいう(我妻〔1449〕)。これによっても、本件の不当利得の成立時点である被告が第三者から本件賃料を受領した時点において、原告の財産の総額が減少したこと自体は明らかであるから、「損失」が認められる。これに対し、被告が第三者から本件賃料を受領した後に、被告が本件賃貸借契約の賃料相当分を原告に振り込んだ事実が認められるが、しかし、この事実は本件不当利得の成立時点以後の事情にすぎず、第2、2、(1)で前述した通り、不当利得の成立時点以後の事情は本件の不当利得の成立を左右すものではない。
エ、一審判決
()、一審判決は次の3つの理由で本件の「損失」を否定するが、以下に反論する通り、いずれも失当である。
①.本件賃料二分論
本件事業は、原告が被告に本件ダーツマシンを賃貸し、被告がこれにメンテナンス・サービスという付加価値を付してエンド・ユーザーである転貸先店舗に提保することを内容とする事業であって、原告が被告から受領していた賃料はダーツマシンそのものの使用の対価であると考えられるのに対し被告が転貸元店舗から受領していた転質料は、これに上記付加価値であるメンテナンス・サービスに対する対価を付加したものであったと解するのが相当である。したがって、被告が受領した転賃料のうち、メンテナンス・サービスに対する対価に相当する部分は、ダーツマシンの使用収益そのものの対価ではなく、被告によるメンテナンス・サービスという役務提供の対価というべきものであるから、この部分については、本件ダーツマシンを使用できなかつたことによる原告の損失は観念できない》(13頁ア。イ及びウの末尾で「また、この点をひとまず措くとしても」と断った上、再度くり返している)

②.
給付利得論
本件においては、本件解除及び本件解約の効力が争われ、別件訴訟においてその点についての審理が進められていた上、先行する仮処分事件において、別件訴訟の終局までは原告において被告と転貸先店舗との法律関係に介入しないことを前提とする合意が成立していたのであって、このような客観的状況からすると、被告は、本件基本契約及び個別契約の期間満了後も、これらの契約が継続していることを前提に本件ダーツマシンの転貸を継続していたというべきであって、被告による本件ダーツマシンの使用収益は、被告がその権限のないことを確定的に認識しながら行っていたものということはできない。そうすると、本件は、権原に基づいて他人の物を使用収益したところ、事後的に当該権原の発生板拠たる契約が無効であることが判明した場合(いわゆる給付利得と呼ばれる類型)に近いという見方もできるのであって、必ずしも、いわゆる侵害利得の類型の不当利得であると一義的に断定できるものではないと考えられる。》(13~14頁イ)

③.抽象的損失論
《証拠上、原告が個別契約における転貸人の地位を承継したことが認められるのは1件(株式会社Bulls Starの事例)にとどまる上、証拠(甲15、28)及び弁論の全趣旨によれば、本件事業に関し被告との契約関係を解消した転貸先店舗は、すべて原告の他の代理店と契約を締結したことが認められ、個別契約が終了した場合に必ずしも原告が転貸人の地位を承継することが通常であったとはいえない。》(15頁ウ)

(イ)、上記判決理由に対する批判
A、本件賃料二分論を説く上記①に対して
(a)、事実論
 一審判決は、被告と第三者間のダーツマシン賃貸借契約により被告が取得する本件賃料を二分し、ダーツマシンの使用収益に対応する対価は原被告間の賃貸借契約により発生する賃料相当額に該当し、メンテナンス・サービスに対する対価は両者の差額相当額に該当すると事実認定したが、しかし、契約に基づき受領した金員をそのように二分することは当事者間の合意があって初めて可能になるところ、被告と第三者間でそのような合意を認定する証拠はどこにも存在せず、本件賃料を実際上も性質上も二分することは不可能である。
むしろ被告により提出された証拠(乙4添付資料3)である被告と第三者間のダーツマシン賃貸借契約第2条及び3条によれば、第2条2項で定める本件賃料とは別に、3条でメンテナンス費用が発生しており、「原則甲(原告代理人注:店舗)の負担する」となっているから、被告は第三者(店舗)に対し、本件賃料とは別にメンテナンス料金を請求していると解すべきである。従って、本訴で原告は請求しなかったけれど、本来であれば、本件賃料とは別に被告が第三者(店舗)に請求し、取得したメンテナンス料金もまた無権限でダーツマシンを使用して得た「受益」のひとつに当たり、不当利得が成立すると解すべきである[6]
(b)、小括
 以上の通り、法律論を論じるまでもなく、事実論の次元において一審判決が失当であることは明らかである。

B、
給付利得に近い点を説く上記②に対して
(a)、事実論
 一審判決は、《先行する仮処分事件において、別件訴訟の終局までは原告において被告と転貸先店舗との法律関係に介入しないことを前提とする合意が成立していた》と認定したが、まず、甲16の尋問調書に「債権者と債務者は、以下の点を相互に確認する」という記載通り、上記仮処分事件で合意が成立したことはない(その点を明確にした原告と裁判所のやり取り〔甲47〕参照)。次に、上記確認の意味は、債権者(本件被告)が仮処分申立を取り下げる条件として、債務者(本件原告)が店舗に対する関係において、契約解除をめぐる紛争が別件訴訟により公権的、終局的解決がつくまでは、店舗を本件紛争に巻き込まないことを表明しただけあって、被告に対する関係で、原告が一時的にせよ、契約解除を棚上げにしたことは一度もない。つまり、被告に対し《本件基本契約及び個別契約の期間満了後も、これらの契約が継続していることを前提に本件ダーツマシンの転貸を継続していた》と容認したことは一度もない。上記尋問調書の尋問期日(2011年10月28日)のあとも、原告は、被告が自己都合で一部のダーツマシンの返却申し入れをしてきた都度、或いは本件賃貸借契約の賃料相当分を振り込んできた都度、被告に対し、契約解除により本件賃貸借契約は全て終了し、よって、賃貸中のダーツマシンの無条件一括返却の即刻実行を求める書面で送り続けた(甲48)。その結果、被告は、原告から、権限がないことをくり返し頭に叩き込まれながら、店舗から本件賃料を受領し続けていたのである。
 従って、本件が《権原に基づいて他人の物を使用収益したところ、事後的に当該権原の発生根拠たる契約が無効であることが判明した場合》(14頁下から4行目以下)とはおよそ似ても似つかないものであることが明らかである。
(b)、小括
 以上の通り、法律論を論じるまでもなく、事実論の次元において一審判決が失当であることは明らかである。

C、
抽象的損失を批判する上記③について
 しかし、前記イで述べた通り、判例において、「損失」とは目的物の使用収益を喪失したことである。ここでいう「喪失」とは、現実の利用を喪失した場合のみならず、その利用可能性を失うことも含むとされる。そして、「その利用可能性」とは、以下の判決が示す通り、具体的な実現可能性を問わず、一般的、抽象的な可能性で足りることが明らかである。
①.最判昭和38年12月24日(民集第17121720頁。甲45)
《およそ、不当利得された財産について、受益者の行為が加わることによつて得られた収益につき、その返還義務の有無ないしその範囲については争いのあるところであるが、この点については、社会観念上受益者の行為の介入がなくても不当利得された財産から損失者が当然取得したであろうと考えられる範囲においては、損失者の損失があるものと解すべきであり、したがつて、それが現存するかぎり同条にいう「利益ノ存スル限度」に含まれるものであつて、その返還を要するものと解するのが相当である。本件の事実関係からすれば、少なくとも上告人が主張する前記運用利益は、受益者たる被上告人の行為の介入がなくても破産会社において社会通念に照し当然取得したであろうと推認するに難くないから、被上告人はかりに善意の不当利得者であつてもこれが返還義務を免れないものといわなければならない。》(下線は原告代理人)

②.
はみ出し自動販売機住民訴訟東京地判平成7年7月26日。甲46)
《2 東京都の損失について
前記認定のとおり、右自動販売機が設置された都道敷について東京都が有している使用借権は、使用目的が道路敷という公共目的に制限され、使用収益を目的とした権利ではないことから、このような道路敷が不法占拠されたとしても、道路管理上の支障が生じることはともかく、東京都に財産的な損失は生じないのではないかとの疑問もないではないが、しかし、道路敷であっても、東京都は、道路占用許可によって適法な占有権原を設定しその対価として占用料を徴収することができることとされているのであるから、その限りでは、そのような道路敷も利用可能性のある土地というべきであって、これが不法占拠されれば、東京都としては、その占拠部分について右の利用可能性を失うという損失を受けることになるといわなければならない。
 したがって、東京都に損失は生じない旨の被告日本たばこ及び被告サントリーフーズの主張は、採用することができない。》(下線は原告代理人)
  以上から、抽象的損失論においても一審判決が失当であることは明らかである。

(4)、因果関係 
 原告準備書面()第1、1、(4)5頁で述べた通りである。
(5)、法律上の原因がないこと
 原告準備書面()第1、1、(5)5~6頁で述べた通りである。
(6)、小括
 以上から、本件では不当利得の成立要件を満たすことが明らかとなった。

第4、本件の不当利得の効果について


1、はじめに――概念の整理のための不法行為との対比――

 不当利得が分かりにくい原因の1つは、不当利得の効果において、「返還すべき範囲」という用語の中に次元の異なる複数の概念が未整理のまま詰め込まれていることにある。そこで、損害賠償論の概念の整理において画期的な成果をあげた平井宜雄の見解を参考にしながら、不法行為と対比する中で不当利得の効果について概念を整理すると、以下の表1のようになる。
表1
項目
不法行為
不当利得
社会的作用
(存在理由)
損害が発生したことを前提に、損害の公平な分担を図る制度。
受益(利得)が発生したことを前提に、不当な利得は利得者の元に残さないことにより公平を回復実現する制度。
キーワード
損害
受益(利得)
発生する債権
損害賠償の請求権
利得返還の請求権
請求権の本質
金銭賠償の原則
原物返還の原則
キーワードが登場する3つの場面
①要件論
損害の発生[7]
受益の発生
②効果論(1)
保護範囲としての損害[8]
保護範囲としての受益(利得)[9]
③効果論(2)
損害額の算定(損害の金銭的評価)[10]
利得額の算定(利得の金銭的評価)
 
 すなわち、従来、「返還すべき範囲」と言われていた概念の中は、(1)、返還請求権の対象となる「利得」のレベルの概念(上記表の②効果論(1)で、さしあたり「保護範囲として利得」という)と、(2)、原物返還が原始的或いは後発的に不可能なため、価格返還する場合の「利得の金銭的評価」のレベルの概念があり、両者を区別する必要がある。不法行為でも損害賠償請求権の対象となる「損害」とその金銭的評価を分化する必要性がつとに説かれており[11]、不当利得においても同様に、上記の2つの概念の分化が思考経済上必要かつ有効である。
 そこで、返還請求権の対象となる「保護範囲としての利得」は、さしあたり次の分類が可能であり、原物返還が可能な場合にはこれが返還の対象となる。
①.          財産(目的物)本体
②.          財産(目的物)の果実
③.          財産(目的物)そのものの使用
④.          労務
⑤.          金銭
 
次に、原物返還が不可能なため価格返還する場合、「利得の金銭的評価」が必要となる。そこで、この金銭的評価を上記分類に基づきまとめると以下の表2のようになる(⑤.金銭は略)。ここで留意すべき点は、売却処分や法定果実のように取引価格が明示されるケースとそれが示されないケースの2通りあることである。金銭的評価が困難なのは後者だが、第三者から賃料を取得する本件は前者に該当し、取引価格で評価すれば足りる。
表2

財産本体
財産の果実(天然果実・法定果実)
財産そのものの
使用(使用利益)
労務
利得の金銭的評価
①売却処分した場合
当該処分価格」
売却につき最判平成19年3月8日民集61巻2号479頁(甲50)。
②消費した場合
 取得時の客観的価格(我妻〔1611〕)
③滅失した場合
利得者の責に帰すべき事由に基づく場合、②と同様(我妻〔1626〕)。
①天然果実
財産本体と同様。
②法定果実
「当該果実の相当額」
賃料につき大判大正14年1月20日民集4巻1頁(甲24の4。我妻〔1515〕)。
大判昭和13年8月17日(甲33の3〔89〕)。
小作料につき大判大正15年3月3日(甲33の2〔102〕)[12]
「当該使用利益の客観的な対価」(我妻〔1634〕)
「敷地の賃料相当額」
敷地の占有につき最判昭和39年12月4日集民76号387頁(甲49)。
最判昭和35年9月20日民集14巻2227頁(甲25の1.四宮193頁注(一))。
「当該労務の客観的な価格」(我妻〔1630〕)

2、本件の不当利得の効果についての論点


 次の2つが問題となるが、念のため、受益者の善意・悪意の問題から検討する。
①.                         返還すべき範囲()――利得の金銭的評価について――
本件で、返還請求権の対象となる「利得」とは被告が第三者(店舗)から取得した賃料つまり法定果実である。問題はこの金銭的評価である。具体的に、それは被告が第三者(店舗)から取得した賃料相当額か、それとも原告と被告のごとき代理店間の《本件ダーツマシンの賃貸により通常得られるべき賃料相当額》(一審判決15頁(4))か、である。
②.経費の控除について
①で前者としたとき、上記賃料から賃料取得に要した経費を控除できるか。

3、受益者の善意・悪意


 704条にいう悪意の受益者とは、法律上の原因のないことを知りながら利得した者をいい(最判昭和37年6月19日)、受益者が法律上の原因のないことを基礎づける事実関係を認識していたかどうかで判断する。本件において、被告は原告より本件賃貸借契約の解除の通知書(甲3)を受け取り、本件ダーツマシン返還訴訟(先行した別件訴訟)の被告となり、本件の契約解除の理由とされる事実関係を熟知しているから、受益者である被告の悪意は明らかである。それゆえ、703条の「現存利益」の問題も生ぜず、もっぱら704条を適用すれば足りる。これを前提に以下の論点を論じる。

4、返還すべき範囲(2)――利得の金銭的評価について――

(1)、なぜこれが問題となるか
 第1で述べた通り、本件の不当利得は、使用権限のない被告が本件目的物を第三者に賃貸して本件賃料を取得したことを問題にしているだから、原告が求める返還請求権の対象である「利得」とは本件目的物を第三者に使用させて得られた利益=法定果実であり、従って、その返還の対象が本件賃料であることは明らかである。しかし、一審判決は本件賃貸借契約解除後において不当利得が成立することは認めたものの、その返還の範囲(厳密には、利得の金銭的評価)は本件賃料全額ではなく、原告と被告のごとき代理店間の《本件ダーツマシンの賃貸により通常得られるべき賃料相当額》に限定した(15頁(4))。その根拠につき、一審判決は本件賃料のうち《本件ダーツマシンの賃貸により通常得られるべき賃料相当額》を超えた部分について、不当利得の成立要件を満たさないことを理由としたが、この判断が不当利得の効果論を要件論と取り違えた誤った判断であることは第2で前述した通りである。
むしろここで原告が取り上げたいことは次のことである――返還の対象としての「目的物を使用して得られた利益」について、一方で果実が発生する場合としない場合、他方で使用の主体が自ら使用の場合と第三者に使用させる場合を組み合わせると4つの類型があり、それぞれによって、その金銭的評価の仕方が異なることである。そのため、この類型を混同してはならない。この点に関して結論だけ言うと、一審判決は「利得」が目的物を自ら使用して得られた使用利益の場合の金銭的評価を本件事案に当てはめてしまった。しかし、本件事案はそれとは類型を異にする、目的物を第三者に使用させて得られた法廷果実の類型なのである。以下、詳述する。

(2)、「目的物を使用して得られた利益」の「利得」の類型とそれらの金銭的評価
 今、「目的物を使用して得られた利益」について、縦軸に使用の主体(自らかそれとも第三者か)を、横軸に果実の発生の有無を設け、目的物から生じる利得の状態を表にすると以下の表3のようになる。
表3
 果実の発生
     
使用の主体
あり

なし

自ら使用
    天然果実

  目的物の使用利益
第三者に使用
    法定果実
  無償(使用貸借による)


 次に、不当利得の返還の対象が「目的物を使用して得られた利益」の場合、利得の原物返還が不可能な場合の利得の金銭的評価について、利得の状態を分類した上記表3に基づき作成すると以下の表4のようになる。
表4
 果実の発生

使用の主体
あり

なし

自ら使用
①売却処分した場合
当該処分価格
②消費した場合
取得時の客観的価格
③滅失した場合
利得者の責に帰すべき事由に基づく場合、②と同様
当該使用利益の客観的な対価
第三者に使用
当該果実の金額

賃料につき大判大正14年1月20日民集4巻1頁(甲24の4。我妻〔1515〕)。
大判昭和13年8月17日(甲33の3〔89〕)
小作料につき大判大正15年3月3日(甲33の2〔102〕)

AまたはC
(ただし、返還請求の相手方は当該第三者)
(我妻〔1515〕)

(3)、一審判決の誤り
 一審判決は本件の契約解除後において不当利得が成立することは認めたものの、その返還の範囲(厳密には、利得の金銭的評価)は本件賃料ではなく、原告と被告のごとき代理店間の《本件ダーツマシンの賃貸により通常得られるべき賃料相当額》に限定した(15頁(4))。その実質的な理由を推認するに、本件事案を「目的物を使用して得られた利益」の類型のうち「自ら使用する使用利益」の類型(上記表3のC)に該当するか、或いはCと同様に考えてよいとしたからである。なぜなら、Cは、その利得の金銭的評価は目的物についての「当該使用利益の客観的な対価」(表4のC)であり、原告と被告等の代理店間の《本件ダーツマシンの賃貸により通常得られるべき賃料相当額》となるからである。
しかし、本件事案は被告が自ら使用したわけではなく、被告が第三者に賃貸し、第三者から賃料を取得した場合である。灰色で表示された上記表2のB「第三者に使用させ、法定果実が生じる場合」に該当する。上記表3で示された通り、「利得」の金銭的評価の仕方は第三者から賃料を取得したB(灰色で表示)と第三者ではなく自ら使用したCとでは明らかに異なる。本件はBの金銭的評価である「当該果実の金額」が正しい[13]。すなわちそれは、被告が第三者から取得した賃料相当額である。
(4)、小括
以上の通り、本件で、返還請求権の対象となる「利得」とは被告が第三者から取得した賃料つまり法定果実であり、その金銭的評価は被告が第三者から取得した賃料相当額である。

5、賃料取得に要した費用(必要経費)の控除の可否について

(1)、問題の所在
 ここでの問題は、本件賃料の取得にあたって要した経費を本件貸料から控除することができるか、である。
 本論点を検討するにあたって、次の2つの視点を導入する。
第1に、本件事案は侵害利得の類型に該当するものであるから、本論点も侵害利得の類型の中で検討する。
第2に、本件賃料は利得の一類型(法定果実)であるから、本論点は次のように一般化することができる――利得の取得にあたって要した経費を当該利得から控除することができるか。さらに、一般化したこの論点を表2の利得の各類型に当てはまると、次のように具体化される。
①.財産本体
(a)、財産本体を売却処分するにあたって要した経費を利得(ここでは当該処分価格)から控除することができるか。
(b)、財産本体を自己の利益のために消費するにあたって要した経費を利得(ここでは取得時の客観的価格)から控除することができるか。
②.天然果実
(a)、天然果実を収穫するにあたって要した経費を利得(ここでは天然果実)から控除することができるか。
(b)、天然果実を売却処分するにあたって要した経費を利得(ここでは当該処分価格)から控除することができるか。
(c)、天然果実を自己の利益のために消費するにあたって要した経費を利得(ここでは取得時の客観的価格)から控除することができるか。
③.使用利益
 目的物そのものを利用するにあたって要した経費を利得(ここでは当該使用利益の客観的な対価)から控除することができるか。
 以下では、本論点のみならずこれらの一般化→具体化した関連論点も含めて検討する。

(2)、検討
①.判例
 侵害利得の類型で以上の7つの場合について、不当利得を認めた判例は以下の表5であるが、このうちで、利得の取得にあたって要した経費を当該利得から控除した判例はない(尤も、控除を否定する判断を下した訳でもないから、これらの論点について最高裁の判断はまだない)。
 他方、「必要経費」の控除の可否を問う本論点ではなく、「目的物の対価」の控除の可否を問う隣接論点である「受益者が受益のために第三者に支払った対価を当該利得から控除することができるか」について、盗品パルプ売却事件の大審院昭和12年7月3日判決(民集16巻1089頁。甲33の3〔87〕)は控除を認めなかった。
表5

財産本体
財産の果実
(天然果実・法定果実)
財産そのものの使用
(使用利益)
利得の金銭的評価
①売却処分した場合
     当該処分価格」
売却につき最判平成19年3月8日民集61巻2号479頁(甲50)。
①法定果実
「当該果実の相当額」
賃料につき大判昭和13年8月17日(甲33の3〔89〕)
小作料につき大判大正15年3月3日(甲33の2〔102〕)。
「敷地の賃料相当額」
敷地の占有につき最判昭和39年12月4日集民76号387頁(甲49)。


②.通説
ア、通説(類型論)によれば、侵害利得の本質とは《排他性のある法益を権利者に帰属させるために、所有権返還請求権を補完して、金銭による利得返還を生ぜしめるものと理解されている》(谷口知平・土田哲也「基本法コンメンタール(別冊法学セミナー)債権各論2第4章不当利得」18頁)。従って、その機能は物権的返還請求権を補完することにある(同旨甲22の3内田550頁以下。加藤雅信「新民法大系Ⅴ「事務管理・不当利得・不法行為(第2版)」64頁以下」)。
他方、物権的返還請求権とは、本来、もっぱら「物の返還」の実現を目的とするものだから、物に関する相手側の経費(費用)の控除を考慮しないのが物権的返還請求権の本質からの帰結である。例えば他人の宝物を勝手に持ち出した者が所有者から物権的返還請求されたのに対し、持ち出しに要した諸々の経費の控除(反訴)を主張しても認められないのは当然である。
 してみれば、物権的返還請求権を補完する「侵害利得」における不当利得の返還においても、もっぱら「利得の返還」の実現を目的とし、利得の取得に要した受益者の経費の控除を考慮しない(不控除説)のが「侵害利得」の本質に合致する。
 本論点に関して、上記見解に真っ向から反対する学説の存在を原告代理人は寡聞にして知らない。ただし、本論点と隣接する論点「受益者が受益のために第三者に支払った対価を当該利得から控除することができるか」について、判例・学説とも不控除説と控除説が対立しているので、以下に、控除説の説く理由を検討し、それが本論点にどう影響するかを明らかにする。
イ、 控除説
控除説の最大の論拠は利益衡量論、すなわち当事者の利益状況を踏まえ、受益者・損失者の双方における過責の大小を比較考量し、衡平の原則に照らして個別に決定すべきであるという立場である(我妻〔1619〕。谷口知平「不当利得の研究」386頁ほか) 具体的に検討すると、受益者が第三者に支払った対価は受益者が善意の場合、受益者が有効に目的物を取得しうると信頼して被った損害(さしあたり信頼損害という)である。問題は、この損害のリスクを誰が負担すべきか、にある。ここで重要なのは、当事者の過責一般ではなく、受益者に生じた信頼損害を損失者に転嫁すべきだけの帰責事由が損失者に存するか否か、及び、その判断のために考慮に入れるべき他の関係者の行態如何である(以上の利益衡量は四宮192頁に基づく)。
 以上の利益衡量を本論点に当てはめると、次のように考えることができる。すなわち、
受益者が法定果実の取得にあたって要した経費は受益者が善意の場合、受益者が有効に目的物を取得しうると信頼して被った損害(信頼損害)である。問題は、この損害のリスクを誰が負担すべきか、にある。ここで重要なのは、受益者に生じた信頼損害を損失者に転嫁すべきだけの帰責事由が損失者に存するか否か、及び、その判断のために考慮に入れるべき他の関係者の行態如何である。
 以上の利益衡量を踏まえて本件を検討すると、第3、3で前述した通り、本件の被告(受益者)は本件の不当利得成立当初から悪意であり、有効に受益(法定果実)を取得し得ないことを認識していたのであるから、そもそも信頼損害と呼べるものは存在しない。従って、この損害のリスクは当然に被告みずから負担すべきものである。

(3)、小括
 以上から、本件賃料の取得にあたって要した経費を本件貸料から控除することができないと言うべきである。

(4)、予備的主張
ア、問題の所在 
仮に百歩譲って、本件賃料の取得にあたって要した経費を本件貸料から控除できるとしたとき、被告が本件賃料を取得するにあたって要した経費はどのように算定すべきか。これについて、原告の予備的主張は以下の通りである。
イ、検討(一般論)
 返還すべき賃料から経費を控除するのは「返還義務の縮減」の1つである。目的物のために支出した費用や目的物の滅失・毀損なども「返還義務の縮減」の1つであるが、このような場合、自分の財産に関する普通人としての管理を誤ったことにより無用な費用(冗費)を支出したり、責に帰すべき事由で目的物を滅失・毀損した場合には、冗費や滅失・毀損による減価は控除されるべきではない。なぜなら、これらは自分の財産に関する普通人としての管理を誤ったことによる損失・出捐であって、本来、みずからが負担すべきものだからである。たまたまその目的物を取得する原因がなかったからといって、損失者に負担を転嫁するのは公平の見地から認めるべきではない(我妻〔1574〕〔1601〕)。ましてや、被告(受益者)が目的物を取得する原因がなかったことを最初から知っている本件においては何おか言わんやである。
 従って、賃料から控除する経費に管理を誤った無用な支出、冗費は含まない。その結果、この経費とは、通常の又は客観的に相当な価格による経費となる。
ウ、検討(本件)
(ア)、そこで、本件の「通常の又は客観的に相当な価格による経費」を検討すると、2011年12月から翌年11月までの1年間に、原告の代理店である株式会社DACOSが店舗にダーツマシンを賃貸し、賃料を取得するにあたって要した費用を計算すると、ダーツマシン1台あたり1ヶ月に平均して1051円である(原告会社の澤田篤作成の報告書(甲36)及び株式会社DACOSの代表取締役金井賢二作成の陳述書(甲37))。
 従って、被告が第三者に本件ダーツマシンを賃貸し、賃料を取得するにあたって要した費用も、この金額に基づいて算定すべきである。
以上から、これに乙9別紙4の総月数4316.5ヶ月を乗じた1051円×4316.5ヶ月=4、536、642円が本件の「通常の又は客観的に相当な価格による経費」の総額である。
(イ)、これに対し、被告は、一審において、2011年11月23日から2014年9月8日までの期間中の本件ダーツマシンのレンタル事業は7000万円以上の赤字(1ヶ月1台あたりの赤字は16、253円)であると主張した(乙9齋藤陳述書(2)3頁3まとめ)。この主張が虚偽であることは原告準備書面(12)第3で反論済みであるが、仮にこの主張を認められるとしても、2011年以前は黒字で運営していながら、一転、大赤字となった被告主張の経費が「自分の財産に対して当然払うべき注意を払って支出した経費」と認められないことは明らかである。従って、仮に被告主張の経費が事実だとしても、これを「通常の又は客観的に相当な価格による経費」とすることはできない。

第5、結語


 以上から、本件不当利得の成立により、平成26年(ワ)第9845号事件の訴状第6(19~21頁)及び平成27年(ワ)第33110号事件の訴状第6(5~8頁)で主張した不当利得の返還が認められる。

第2部、不法行為


1、不法行為の請求原因事実の再整理


 原告は、当審において、本件の不法行為の請求原因事実を、不法行為法の特別法である不正競争防止法21項15号が「不正競争」の一類型として定める以下の「信用毀損行為」を参照しながら、再整理して主張する。
15 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為

 今回、不正競争防止法の「信用毀損行為」の事例として参照にするのは「特許権侵害の通知書を出した」後に、訴訟において特許権侵害が認められなかった場合である。この場合、競争者A社への直接の通知は、特許権侵害が認められなくてもA社の外部的な評価、信用を害するものではないから本条項の違反とならないが、その取引先に対する特許権侵害の事実の通知は、信用毀損行為に該当し、本条項の違反となるのが判例・学説の主流である(東京地判平成14年4月24日ほか)。これを参考にすれば、被告が原告に対し、本件基本契約における返却条件は独占禁止法に違反し無効であるので、ダーツマシンを返却する旨の通知書(甲3)を出したのは、のちに別件訴訟において独占禁止法違反が認めない判断が確定した場合でも原告に対する信用を害するものではないが、原告の取引先に対して「本件基本契約における返却条件は独占禁止法に違反し無効であるので、ダーツマシンを返却できる」と告知する行為は、信用毀損行為に該当し、不法行為が成立するというべきだからである。
 以下、これに沿って、本件の不法行為の請求原因事実を再整理する。

2、再整理の概要
以上を前提にすると、本件の不法行為の請求原因事実は次の2つの場合に整理できる。
①.原告の取引先(代理店)に対し、「本件基本契約の返却条件は独占禁止法違反により無効であり、ダーツマシンを返却できる」旨の経済的信用を毀損する虚偽の事実を告知したこと。
②.被告の取引先(店舗)に対し、「本件基本契約の返却条件は独占禁止法違反により無効である」旨の経済的信用を毀損する虚偽の事実を流布したこと。
 以下、順番に詳述する。

3、原告の取引先(代理店)に対する「原告の経済的信用を毀損する虚偽の事実の告知」


(1)、前提となる事実
2011年8月1日、被告は原告に対し、弁護士名の内容証明郵便でもって、賃借中の本件ダーツマシンのうち任意の2台について、ダーツマシンの返却条件を定めた本基本契約2条1項・3項等(以下、本件返却条件という)は独占禁止法に違反して無効であるとして返却の申し入れを通知してきた(甲3)。本件返却条件は原告が経営努力の中で作り上げた創意工夫の結晶であるダーツマシンビジネスのモデル(その詳細は原告準備書面(2)3~4頁参照。以下、本ビジネスモデルという)の支える基本条件であって、本件返却条件が否定されることは本ビジネスモデルを根底から否定されたことを意味した。従って、「本基本契約2条1項・3項等は独占禁止法に違反して無効である」という前記通知書の記載は原告の経済的信用を著しく毀損するものであった。
そして、その後、本件返却条件は独占禁止法に違反しないという裁判所の判断が確定したことにより(甲28高裁判決13頁)、前記通知書の本基本契約2条1項・3項等は独占禁止法に違反して無効である」という記載は虚偽であることが確定した。
(2)、虚偽の事実の「告知」
 前記不正競争防止法の「信用毀損行為」が定める虚偽の事実の「告知」とは、信用を害する虚偽の事実を特定の人に対して個別に伝達する行為をいう。
(3)原告の取引先(代理店)に対する虚偽の事実の告知
 本件で、2011年7月、被告代表者は原告の代理店シンソー社に対し「原告から借りているダーツマシンは返却できる。弁護士がそう言っているから」という事実を伝え、「原告とビジネスをしても我々に明るい未来は訪れない」と吹聴した。この事実は、「本件返却条件は独占禁止法に違反し、無効である」という弁護士名の前記通知書(甲3)を前提にしたものであり、その存在はシンソー社取締役近藤博之の陳述書(甲7.4頁13~14行目)及び証人調書(甲51。8頁2~13行目。22頁下から2~1行目)より認められる。そして、上記事実は原告にとって特別な思い入れがある本ビジネスモデルの経済的信用を著しく毀損するものであるから、以上の行為は「営業上の信用を害する虚偽の事実を告知」することであり、信用毀損に該当する。
従って、その信用毀損により、原告に非財産的損害(=無形損害)の発生が認められるのは当然である。

4、被告の取引先(店舗)に対する「原告の経済的信用を毀損する虚偽の事実の流布」


(1)、虚偽の事実の「流布」
前記不正競争防止法の「信用毀損行為」が定める虚偽の事実の「流布」とは、信用を害する虚偽の事実を不特定の人または多数の人に対して知られるような態様において広める行為をいう。
(3)被告の取引先(店舗)に対する虚偽の事実の流布
前述した通り、被告は、2011年8月1日、弁護士名で、本件返却条件が独占禁止法に違反し、無効であると主張して任意の2台のマシンの返却の申入れを行なった(甲3)。その2週間後、被告は弁護士名で、取引先の各店舗宛に「ご連絡」という書面(乙1)を送り、その中で「上記賃貸借基本契約における取引条件(原告代理人注:本件返却条件)について、弊社が無効と主張している」と記載した。上記書面の前後の文脈から、「取引条件について、弊社が無効と主張している」とは、本件返却条件が独占禁止法、民法等の諸法令に照らして無効であると主張している」という意味である。前述した通り、前記取引条件は独占禁止法に違反しないという裁判所の判断が確定したのだから、この書面の基本契約における取引条件について、弊社が無効と主張している」という記載は被告が虚偽の主張をしていることを意味する。そして、この記載は原告にとって特別な思い入れがある本ビジネスモデルの経済的信用を著しく毀損するものであるから、以上の行為は「営業上の信用を害する虚偽の事実を流布」することであり、信用毀損に該当する。
従って、その信用毀損により、原告に非財産的損害(=無形損害)の発生が認められるのは当然である。

5、非財産的損害(=無形損害)の額の認定と弁護士費用


 非財産的損害の額の認定と弁護士費用については、原告準備書面(2)9頁以下で述べた通りである。 

6、小括


 以上から、本件不法行為の成立により、訴状第6(21~22頁)で主張した損害賠償が認められる。

7、結語


 以上の通り、一審判決の誤りは明らかであり、取消しを免れない。
以 上

 


[1]判例は、賃料について大判大正14年1月20日民集4・1頁(その簡潔な解説である甲24の4我妻栄「債権各論下巻一(民法講義V4)」〔1515〕参照。以下、本書引用は我妻と略称)。小作料について大判大正13年3月3日〔その解説である甲33参照〕。学説は、賃料について我妻〔1515〕「(2)利得が利得者の行為の法律行為的効果として生ずる場合」の類型の1つである「()他人の物を権限なしに賃貸して賃料を取得すること」。 四宮194頁()「他人の物を権限なくして第三者に使用せしめた者の返還義務について」ほか)
[2] 我妻〔1410〕〔1412〕。我妻は、通説だけでなく判例もこの二大類型説に立つと説く〔1414〕。甲22内田522頁「類型論の台頭」
[3] 好美清光「不当利得法の新しい動向について()」24頁(判例タイムズ387号)参照。
[4] この定義自体は総体差額説の立場のように見えるが、しかし我妻は各論で、量的な差額として表せない占有の取得や登記についても「受益」を認める(〔1421〕〔1425〕)。
[5] 好美清光・同論文24頁参照。
[6] これについて、被告は《実際には、ダーツマシンの維持、保守及び修理等に要する費用(以下「メンテナンス費用」という)は、本件ダーツマシンの転貸料から賃料を控除した金額を大幅に上回っており》(一審判決9頁6行目以下)と主張する。百歩譲って仮にこの主張が真実だとしても、法律論としてメンテナンス費用を必要経費として「受益」であるメンテナンス料金から控除できるかという論点がある。そして、これはあくまでも「受益」であるメンテナンス料金について論じるべき問題であって、メンテナンス料金とは別の「受益」である本件賃料について論じるべきことではない。
[7] 平井宜雄「債権各論Ⅱ不法行為」(弘文堂。平成8年5月30日初版4刷)74頁以下。以下、本書引用は平井と略称。
[8] 平井109頁以下。
[9] 不当利得の効果論で、返還すべき対象について、我妻は主に「利得」「不当利得」と言うが、四宮は「受けたる利益(=受益)」「利益」と言い、統一されていない。さしあたりここでは「利得」という。
[10] 平井129頁以下。
[11] 平井100頁(2)
[12] 甲33の判例解説は本判決を《他人の所有物を無権限で「第三者に貸与」する事例》として紹介する。これに対し、被告は、本判決を《「通常の使用料相当額」である小作料を不当利得として認定したものにすぎず、本件事案に当てはめれば、本件ダーツマシンの使用に関する対価(上記①)をもって不当利得であると認定しただけの判決である》(被告第2準備書面12頁())と主張するが、二重に的外れである。第1に、本判決は受益者が第三者より受領した小作料を不当利得として返還すべき範囲と判断しているのであって、「通常の使用料相当額」とはどこにも書いてない。第2に、仮に「通常の使用料相当額」を問題にするとしても、それは受益者と第三者間の貸与に対する使用料のことであって、本件事案に当てはめれば被告と第三者間の賃料のことであり、原被告間の賃料(上記①)ではない。
[13]尤も、判例の主流は表4に記載した「当該処分価格」説だが、学説にはこれに反対し、「客観的価格」説を主張する者もある(四宮85頁注(三)(四)・195頁注(二)(a)参照)。「客観的価格」説にも一理あるが、いずれにせよ、これはあくまでも被告と第三者間の賃料(利得)の金銭的評価をめぐる対立であって、一審判決が問題にした、原告と被告のごとき代理店間の《本件ダーツマシンの賃貸により通常得られるべき賃料相当額》(15頁(4))のことではない。